書籍に付属するDVDに収録された映画の著作物である映像について、同映像を制作した事業者を単独の著作者と認定しつつ、同事業者に対して同映像の制作委託契約の対価を支払う義務を負う出版社を「映画製作者」(著作権法29条1項)であると認定して、本件映像の著作権が被控訴人に帰属する旨判示した事例(確定状況不明)
【事案の概要】
(1)控訴人(1審原告)は、「A」の屋号で、アニメーションの制作、自身が著作権を管理するオリジナルアニメーション映像のレンタル等を業として営む個人事業主である。
被控訴人(1審被告)は、書籍の企画・編集・制作・販売を行う出版社である。
C医師は、特に「てんかん」の分野で豊富な知見を有する者である。
(2)原判決別紙映像目録記載の映像(以下「本件映像」という。)は、てんかん発作の13症例に関するそれぞれ1ないし2分程度の長さの独立した別個のアニメーション映像によって構成されている。
被控訴人は、C医師の紹介により、控訴人に本件映像の制作を委託し、控訴人は、平成26年2月5日頃、被控訴人に本件映像のデータを納品した。
被控訴人は、平成26年3月、本件映像の収録されたDVD(以下「本件DVD」という。)が付属する「○○」(以下「本件書籍」という。)を発行した。
本件書籍の奧付には、「著者C」、「アニメ監修D、E(注:いずれも医師である。)」、「DVD制作B(A)(注:「B」は控訴人の氏名である。)」と記載されていた。また、本件DVDのレーベル面には、「C」及び「〈C〉C2014」と記載がされているものの、控訴人の氏名及び屋号はいずれも記載されていなかった。
被控訴人は、平成30年8月、本件書籍の増補改訂版を発行した。
(3)被控訴人は、平成29年8月3日から令和2年12月22日までの間、インターネット上の動画共有サイト「YouTube」(以下「本件サイト」という。)において、本件DVDのメニューから「全映像連続再生」を選択した後に再生される映像を複製したもの(以下「本件複製映像」という。)を、誰もが閲覧可能な状態で公開した。
本件サイトにおいて、控訴人の氏名及び屋号はいずれも表示されなかった。
(4)控訴人は、本件訴えを提起して、被控訴人に対し、被控訴人が本件サイトにおいて本件複製映像を控訴人の氏名又は屋号を著作者名として表示することなく公開した行為により、本件映像についての控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償として、損害金660万円及びこれに対する地縁村が金の支払を求めた。
(5)原判決(東京地裁令和5年8月30 日判決・裁判所ウェブサイト)は、概要、以下のとおり判示した。
ア 本件映像の著作物性について
本件映像は、作成者の「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)に当たるというべきであり、著作物性を認めることができる。
イ 本件映像の著作者について
本件映像は、映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物であると認められるから、映画の著作物に当たるというべきである(著作権法2条3項)。
控訴人は、少なくとも本件映像の監督、演出、美術等を担当して、その全体的形成に創作的に寄与した者と認めるのが相当である。
C医師は、少なくとも本件映像の制作を担当して、その全体的形成に創作的に寄与した者と認めるのが相当である。
したがって、本件映像の著作者は、控訴人及びC医師であると認められる。
ウ 本件映像の著作権者について
a)本件映像は、「映画の著作物」あると認められるから、その著作権の帰属に関しては、著作権法29条1項(「映画の著作物…の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の制作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」)の適用により決定される。
著作権法29条1項の「映画製作者」、すなわち「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」(著作権法2条1項10号)とは、映画の著作物を製作する意思を有し、当該製作物の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体であって、そのことの反映として当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者であると解するのが相当である。
そして、本件において、上記の定義のうち当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者であるか否かを判断するに当たっては、本件映像が、本件書籍に付属するものとして制作されたことから、本件書籍と一体となって書店等で販売されることにより、将来的に投下資本の回収が図られることが企図されていたのみならず、本件書籍を製薬会社等に相当数購入してもらうことにより、その制作に要する費用を賄うことが予定されていたという点も、併せて考慮されるべきである。
b)C医師は、本件映像の制作を企画したのみならず、その制作業者である控訴人に委託することを実質的に決定した上、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらうとの目的を達成するために、本件映像において取り上げるべき症例を選定し、原告に対し、てんかん発作の動きに関する参考動画を示したり、てんかん発作を起こす人物の性別、年齢、服装のほか、発作前後の動作のイメージや人物を捉える角度、介助者の存否について指示したりしたことに加え、本件映像の完成の判断は、C医師に委ねられていたことが認められる。これらの事情に照らせば、C医師は、本件映像を製作る意思を有していた者と認めるのが相当である。
そして、本件映像の制作費は、専らC医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍を購入してもらい、その代金で賄うこととされ、C医師が当該製薬会社等への営業活動を担っていたこと、原告から制作費の増額を求められた際には、C医師が自ら負担することも選択肢とされていたことに鑑みれば、C医師において本件映像が付属する本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクを専ら負担していたといえるから、本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者と認めるのが相当である。
また、C医師は、本件書籍の著作者であるところ、その著作権が他の者に譲渡されたと認めるに足りる証拠はないから、本件書籍の著作権者であると認められる。そして、本件書籍は、本件DVDが付属する形態で販売することが前提とされており、増刷する際には、本件DVDに収録されている本件映像及び本件映像から切り出された静止画も併せて複製しなければならないから、本件書籍を書店等で販売することにより投下資本を回収するとの観点からも、本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者は、本件書籍の著作権者であるC医師と認められる。
したがって、本件映像の映画製作者はC医師と認めるのが相当である。
c)本件映像の共同著作者である控訴人は、映画製作者であるC医師に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められる。
d)以上によれば本件映像の著作権は、著作権法29条1項により、C医師に帰属すると認められる。
エ 著作者名表示の省略の可否について 略
オ 故意又は過失の可否について 略
カ 損害の有無及びその額について
a)著作権侵害に係る損害について
前記ウのとおり、控訴人は本件映像の著作権者と認められないから、控訴人において著作権侵害を前提とする利用料相当額及び逸失利益の損害が生じたと認めることはできない。
b)氏名表示権侵害に係る損害について
C医師から伝えられたイメージを前提としたものではあるものの、控訴人は、本件映像の制作に当たり、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の書く作成並びに彩色、撮影、音響及び編集の各作業を自ら行ったほか、本件映像の制作を委託した業者に対する指示を通じて、視聴者が、敢えて意識をしなくても、てんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるよう、本件映像に描写されている人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作及び仕草、所在する場所、背景となる造作及び家具、人物を捉える方向や画角につき、控訴人の思想又は感情を創作的に具体的に表現したといえる。
また、本件サイトにおいて本件複製映像が公開されていた期間は約3年4か月に及び、その再生回数は少なくとも160万回以上に達していた。
他方で、本検サイトに設けられた本件書籍を紹介する被控訴人のウェブサイトへのリンク及び本件書籍の奥付の記載から、本件複製映像を視聴した者において、控訴人が本件映像の制作に関与したことを認識することが一応可能であったといえる。
以上に加えて、出版社として本件DVDに著作権者の表示をしながら本件映像の著作物性を争うなどの被控訴人の本件訴訟前及び本件訴訟遂行における態度を含む、本件に現れた諸事情を考慮すると、氏名表示権侵害に係る慰謝料の額は50万円と認めるのが相当である。
c)弁護士費用 5万円
キ 結論
控訴人の被控訴人に対する請求は、本件映像に係る著作者人格権(氏名表示権)侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償として、損害金55万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。
(6)控訴人は、敗訴部分を不服であるとして、本件控訴をした。
【争点】
(1)本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性(争点1)
(2)本件映像の著作者(争点2)
(3)本件映像の著作権者(争点3)
(4)(控訴人が著作権者である場合)本件映像の著作権の黙示の譲渡の有無(争点4)
(5)著作者名表示の省略の可否(争点5)
(6)故意又は過失の可否(争点6)
(7)損害の有無及びその額(争点7)
以下、上記(1)から(3)まで及び(7)についての裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性)について
本件映像は、著作権法2条3項にいう、「映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物」に当たるから、映画の著作物(同法10条1項7号)であると認められる。
(2)争点2(本件映像の著作者)について
ア 判断基準
映画の著作物の著作者は、その映画において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者である(著作権法16条)。
イ 検討
本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は、控訴人であって、C医師、被控訴人、D医師及びE医師はこれに当たらないと認められる。
C医師の関与は、全体として見れば、控訴人に対するてんかんに関する情報提供や、本件映像を医学的に誤りのない内容にするための確認がほとんどであり、それらは本件映像の制作を監修する立場からの助言若しくはアイデアの提供というべきものであって、本件映像の具体的表現を創作したものとは認められず、C医師が本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与したとはいえない。
また、本件映像で取り上げられた症例及びその再生順序を決定したことについては、本件映像が本件書籍の付属物であることから、本件書籍に準拠して上記決定をしたにすぎず、上記決定をしたことをもって、C医師が本件映像の全体的形成に創作的に寄与したと認められることにもならないというべきである。
(3)争点3(本件映像の著作権者)について
ア 判断基準
a)著作権法29条1項は、「映画の著作物…の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の制作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」と規定している。前記(1)のとおり、本件映像は映画の著作物あると認められるから、本件映像の著作権の帰属については、著作権法29条1項が適用され、本件映像の著作者である控訴人が、映画製作者に対して、本件映像の製作に参加することを約束しているときは、本件映像の著作権は当該映画製作者に帰属することになる。
b)著作権法29条1項にいう「映画製作者」は、「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」である(著作権法2条1項10号)。
著作権法29条1項の「映画製作者」とは、映画の著作物を製作する意思を有し、同著作物の製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として同著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者のことであると解するのが相当である。
イ 検討
a)本件書籍を出版することとともに、アニメーション映像を収録したDVDを本件書籍の付属物とすることを企画したのはC医師である。
他方、本件DVDを付属物とした本件書籍を出版したのは被控訴人である。また、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結したのは被控訴人であり、このことからすれば、控訴人に対して、上記委託契約の対価を支払う義務を負っていたのは被控訴人であったと認められる。実際に被控訴人に対価を支払ったのも被控訴人であった。
b)被控訴人とC医師との間では、本件書籍を書店で販売するだけでは、制作費の全てを回収することが困難であると考えられたことから、C医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍を購入してもらうことで、制作費を回収する方針が採用され、実際に、C医師は、自ら営業活動を行うなどして、製薬会社等からの本件書籍の購入約束を取り付け、これにより、控訴人に対して支払うべき上記委託契約の対価を含め、本件書籍の出版に要する費用を調達している。
また、控訴人が、本件映像の制作に係る費用が増加した旨を被控訴人代表者のFに伝えた際も、Fは、C医師に更なる購入先の確保が必要である旨を伝え、C医師は、自ら制作費を負担することや、自らの講演の謝金を充てることも考えている旨述べたが、最終的には本件書籍の出版に要する費用を調達するに足りる購入先を確保した。
しかし、被控訴人とC医師との間で、C医師が本件書籍の出版に必要な費用(控訴人に支払う対価を含む。)を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、C医師が不足分の費用を負担するとの合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。
そうすると、上記のような事態が生じた場合には、本件書籍を出版し、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結してその対価を控訴人に支払う法的義務を負ったと認められる被控訴人が、最終的に不足分の費用を負担すべき立場にあったと認められる。
c)上記によれば、本件映像の映画製作者、すなわち、本件映像を製作する意思を有し、その製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として、「映画の著作物」である本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者は、被控訴人であると認めるのが相当である。
仮に、本件書籍の本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、C医師がその不足分を負担し、損失を被ることとなっていたとすれば、C医師が本件映像の映画製作者に当たると解する余地があるが、本件で認められている事実関係に照らし、少なくとも控訴人が本件映像の映画製作者に当たると解する余地はない。
d)本件映像の著作者である控訴人は、被控訴人に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められる。
e)したがって、著作権法29条1項により、本件映像の著作権は、その映画製作者である被控訴人に帰属すると認められる。
(4)争点7(損害の有無及びその額)について
ア 著作権侵害による損害について
前記(3)のとおり、控訴人は本件映像の著作権者であるとは認められないから、著作権侵害による損害が控訴人に生じたとは認められない。
イ 著作者人格権(氏名表示権)侵害による損害について
前記(2)のとおり、控訴人は本件映像の単独の著作者であるが、被控訴人は、控訴人の氏名又は屋号を著作者名として表示することなく、本件サイトにおいて、本件映像の一部からなる本件複製映像を公開したものであり、その公開の期間は約3年4か月の長期にわたり、その再生回数は160万回以上に達していた。
以上に加えて、出版社として本件DVDに著作権者の表示をしていたにもかかわらず本件映像の著作物性を争うなどの被控訴人の本件訴訟遂行における対応を含め、本件に現れた諸事情を考慮すると、氏名表示権侵害による控訴人の精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料は80万円と認めるのが相当である。
ウ 弁護士費用 8万円
(5)結論
控訴人の請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として、88万円及びこれに対する遅延損害金を請求する限度で理由がある(原判決変更)。
【コメント】
本裁判例は、本件書籍に付属する本件DVDに収録された「映画の著作物」(著作権法2条3項)である本件映像について、同映像を制作した事業者である控訴人を単独の著作者(同法16条)と認定しつつ、控訴人に対して本件映像の制作委託契約の対価を支払う義務を負う出版社である被控訴人を「映画製作者」(同法29条1項)であると認定して、本件映像の著作権が、その映画製作者である被控訴人に帰属する旨判示した事例です。
この点、原判決は、少なくとも本件映像の制作を担当したC医師を、控訴人とともに本件映像の著作者であると認定した上で、C医師において本件映像が付属する本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクを専ら負担していたなどと評価して、 C医師が本件映像の映画製作者であると認定しました。本件映像の制作に対するC医師の関与についての評価の違いから、本件映像の著作者及び「映画製作者」についての判断が覆された事例として注目に値します。
“【知的財産】知財高裁令和6年3月28日判決(裁判所ウェブサイト)” への1件の返信
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