被害者らの治療・症状の経過がいささか不自然であること、同人らが自賠責保険の保険金額を念頭において通院していたことがうかがわれること等から、同人らが本件事故により受傷した事実を否認した事例(確定)
【事案の概要】
(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
ア 発生日時 平成30年8月15日午後0時25分頃
イ 発生場所 横浜市内の路上
ウ 反訴原告車 反訴原告Aが運転し、反訴原告Bが助手席に同乗する普通乗用自動車
エ 反訴被告車 反訴被告が運転する普通乗用自動車
オ 事故態様 片側2車線の道路(以下「本件道路」という。)の第2車線上に停止していた反訴原告車に、反訴被告車が追突した。
(2)治療の経過等
ア 反訴原告A
a)a病院
本件事故日(平成30年8月15日)に受診し、頚椎捻挫と診断され、同年10月17日までの間、通院(実通院日数4日)して治療を受けた。
b)b整形外科
同月23日にa病院からの紹介で受診し、頚椎捻挫と診断され、平成31年4月17日までの間、通院(実通院日数65日)して治療を受けた。
c)反訴原告Aは、自賠責保険に関する後遺障害等級認定を申請したが、令和元年6月27日頃、非該当と診断された。
イ 反訴原告B
a)a病院
本件事故日(平成30年8月15日)に受診し、頚椎捻挫と診断され、同年10月31日までの間、通院(実通院日数5日)して治療を受けた。
b)b整形外科
同年11月5日にa病院からの紹介で受診し、頚椎捻挫と診断され、平成31年4月17日までの間、通院(実通院日数53日)して治療を受けた。
(3)損害の填補
以下のとおり、反訴原告らは、それぞれ合計120万円の支払を受けた。
ア 反訴原告A
a)反訴被告付保の任意保険から48万1,719円(治療費)の支払いを受けた。
b)令和元年7月1日、反訴被告付保の自賠責保険会社から71万8,281円の支払を受けた。
イ 反訴原告B
a)反訴被告付保の任意保険から40万4,082円(治療費)の支払いを受けた。
b)令和元年6月10日、反訴被告付保の自賠責保険会社から79万5,918円の支払を受けた。
(4)反訴原告らの保険金請求歴等
反訴原告Aは、本件事故を含め6件、反訴原告Bは、本件事故を含め4件(うち3件は、反訴原告ら同乗中の事故である。)の合計7件の交通事故に遭い、受傷したとして自賠責保険を請求し、支払を受けた。
上記の合計7件の各事故をみると、反訴原告Aの1件を除き、通院期間は、両名とも約5ヶ月から8ヶ月までと後遺障害がない事案にしては長期に及んでおり、本件事故を含む大半の事故につき6ヶ月近辺に集中している。また、保険金の請求金額及び支払金額についてみると、両名とも自賠責保険金の傷害の限度額である120万円に近似する金額となっている。
【争点】
(1)本件事故により反訴原告らが受傷したか否か(争点1)
ア 本件事故態様について
イ 反訴原告らの受傷について
(2)反訴原告らの損害(争点2)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
なお、各当事者は、争点1について以下のとおり主張した。
(反訴原告らの主張)
ア 本件事故は、反訴原告車が赤信号で停車中、速度不明の反訴被告車に追突されたものであるが、その衝撃は、後続車に追突されたと直ちにわかるほどのものであり、追突後、反訴原告車は、30ないし50cm前方に押し出された(なお、反訴原告らは、当初から一貫して、上記のとおり、両車は接触した状態ではなく、ある程度の間隔を空けて離れて停止していた旨主張していたが、本人尋問時になって、両車は接触した状態で停止していた旨主張を変遷させている。)。
イ 反訴原告らは、本件事故により、頚椎捻挫の傷害を負い、通院治療を受けた。本件事故は、前記アのとおり、相応の衝撃を伴うものであり、反訴原告らの受傷に不自然な点はなく、現に、a病院の担当医師は、反訴原告らの身体所見及び画像所見を踏まえ、本件事故を契機に反訴原告らの頸部痛が生じたことに矛盾はなく、頚椎捻挫が生じる可能性がある旨の意見を述べている。
(反訴被告の主張)
ア 本件事故は、本件道路の第2車線を反訴原告車に続いて低速で走行していた反訴被告車が、反訴原告車のすぐ後方に停止したところ、反訴被告車の前部ナンバープレートのビス部分のみが反訴原告車の後部ナンバープレートに軽く接触したというものである。反訴被告車は、交差点や横断歩道上に停止するのを避けるため、反訴原告車の後方ぎりぎりまで接近させようとして、時速1km未満の速度でじりじりと前進させえいたところ、誤って反訴原告車に接触してしまったもので、両車の損傷状況(反訴原告車の後部バンパーに極めて軽微な擦過傷が生じたのみで、反訴被告車には全く損傷がなかった。)に照らしても、極めて低速での軽微な接触であったことは明らかである。現に、両車が接触したような音、衝撃、振動等は一切なく、追突後に反訴原告車が前方に押し出されたこともなかった。
イ 前記アのとおり、本件事故は極めて軽微な事故であり、かつ、反訴原告らはシートベルトを装着していたというのであるから、頚椎に過伸展や過屈曲をもたらすことはなく、本件事故により反訴原告らが頚椎捻挫を発症したとは考えられない。反訴原告らの症状は、本件事故前からの変性所見(ストレートネック等)に由来するものに過ぎず、およそ本件事故とは無関係である
なお、a病院の担当医師らの意見書は、本件事故前の身体所見や画像所見が不明であることを前提に、反訴原告らが訴えるところによれば、「今回の受傷によって頸部痛が発生した」ことに矛盾はないと述べているにすぎず、むしろ、反訴原告らの症状と本件事故との相当因果関係の判断については消極的というべきである。
【裁判所の判断】
(1)争点1(本件事故により反訴原告らが受傷したか否か)について
ア 本件事故態様について
本件事故は、反訴被告が、前車である反訴原告車が停止したのを見て、そのすぐ後方にぎりぎりまで寄せて停止しようとして前進していたところ、距離を見誤ったことにより、反訴被告車の前部ナンバープレートのビス部分が反訴原告車の後部バンバー中央付近に接触したというものであったと認められる。
そうすると、反訴被告が主張するとおり、反訴被告車は、停止した反訴原告車との車間距離を測りつつ、少しずつ接近したとみるのが自然であるから、接触直前の反訴原告車の速度は、いつでも停止できる程度の低速であったと合理的に推認される。
このことは、
・本件事故後に両車が接触したままの状態で停止していたこと
・反訴原告車の後部バンパーにみられた微細な塗装のはがれのほか、両車に損傷がなかったこと
・両車が接触したような音や衝撃等はほとんど感じられなかったこと(だからこそ、反訴原告ら及び反訴被告は、事故後に接触の有無を殊更確認する言動に出たとみるのが自然である。)
・反訴被告及び同乗者に全く怪我がなかったこと
等の事情にもよく整合するというべきである。
イ 反訴原告らの受傷について
前記アのとおり、本件事故は、反訴被告車の前部ナンバープレートのビス部分のみが反訴原告車の後部バンパー中央付近に、いつでも停止できる程度の低速で接触したという極めて軽微な態様であったから、本件事故が後方からの追突であったことを勘案しても、これにより反訴原告らが主張するような傷害(反訴原告らは、いずれも頚椎捻挫により役6ヶ月間の通院治療を受けたと主張する。)を生じさせるほどの力が及んだとはおよそ考え難く、上記受傷の事実は認め難い。
ところで、反訴原告らは、本件事故後に、a病院及びb整形外科において、いずれも頚椎捻挫と診断され、治療を受けている(なお、事故直後にa病院の担当医師が作成した診断書では、いずれも全治1週間の見込みとされている。)。
しかしながら、レントゲン検査の結果、反訴原告らに外傷性の他覚所見は認められず、反訴原告らによる診断・治療(反訴原告らの希望によるリハビリ[牽引等]のほか、一般的な消炎鎮痛剤の投薬程度でさしたる治療はなされていない。)は、主として反訴原告らの主訴に基づいてなされたものと認められ、かつ、これらは、本件事故前からの変性所見(ストレートネック等)に対するものとみることも十分可能である(なお、a病院の担当医師は、本件事故直前の状態が不明であるため、本件事故によって反訴原告らの頸部痛が発生したことは証明できない旨の意見を述べている。)。
加えて、
・転院後(本件事故の2ヶ月以上後)になって通院頻度が急激に増加したり、新たな症状を訴え始めるなど、反訴原告らの治療・症状の経過は、事故による外傷のそれとしてはいささか不自然であること
・本件事故における反訴原告らの各通院期間は、過去に遭ったという交通事故の大半と同じく約6ヶ月間であり、反訴原告らが自賠責保険の保険金額(傷害につき120万円)を念頭において通院していたことがうかがわれること
等の事情にも照らすと、反訴原告らが上記のとおり診断、治療を受けているからといって、本件事故により反訴原告らが上記受傷をしたと推認することはできず、上記アの認定判断を左右するに足りない。
ウ 小括
以上によれば、反訴原告らが本件事故により受傷した事実を認めることはできない。
したがって、その余の争点について判断するまでもなく、反訴原告らの請求には理由がない(なお、仮に反訴原告らにつき、何らかの通院の必要[本件事故後に感じたという首の違和感等につき、その原因を確認するために受診するなど]を認める余地があるとしても、せいぜい1週間程度の通院が認められるにすぎないというべきであるから、いずれにせよ反訴原告らに既払金[各120万円]を超える損害が認められないことは明らかである。)。
(2)結論
反訴原告らの請求はいずれも理由がない(請求棄却)。
【コメント】
本裁判例は、本件事故が極めて軽微な態様であったことを前提として、被害者らの治療・症状の経過がいささか不自然であること、同人らが自賠責保険の保険金額を念頭において通院していたことがうかがわれること等から、通院治療の必要性・相当性でなく、反訴原告らの主張する傷害と本件事故との相当因果関係を否認しました。そのため、反訴原告らの損害額については、一切判断されていません。