【労働】東京地裁立川支部令和2年2月25日判決(自保ジャーナル2077号34頁)

使用者が、労災事故によって休職していた労働者に対し、試し勤務として、2ヶ月間、軽減かつ短時間の業務を行うことを内容とする雇用契約書を提示したことを、職場復帰のための準備期間を提供したものと評価して、労働者の未払給与請求を認めなかった事例(確定)


【事案の概要】

(1)被告は、金属プレス業を営む株式会社である。
   原告(昭和39年10月生)は、昭和55年頃、被告と雇用契約を締結し、被告の従業員として金属プレス業務に従事していた。

(2)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成26年11月26午後2時40分頃
 イ 発生場所 被告のプレス工場の出入口付近の通路上
 ウ 加害車両 被告の従業員であるAの運転する小型特殊車両(フォークリフト)
 エ 事故態様 原告が、金属プレス業務に使用した金型2つを手に持って、被告のプレス工場から外に出たところ、折から通路上を後退してきたAの運転する加害車両に轢かれ、両側足関節開放骨折等の傷害を負った。

(3)原告は、次のとおり入通院した。
 ア B医療センター
   入院 平成26年11月26日から平成27年1月19日まで
   通院 同年3月24日から同年12月31日まで
 イ C病院
   入院 平成27年1月19日から同年2月24日まで
   通院 同年3月3日から同年8月31日まで

(4)B医療センターのD医師は、平成28年2月23、原告について、平成27年12月31日を治癒年月日とする、労働者災害補償保険診断書(以下「本件労災保険診断書」という。)を作成した。診断書には、障害の状態の詳細として、①両側足関節可動域制限、②疼痛や痺れで集中力、持続力の低下、(中略)⑥右尺骨神経領域の知覚障害(運動障害はない)、(中略)⑩精神的ストレスが強いとの記載が、関節運動範囲について、右足および左足の屈曲及び伸展が、いずれも20度と10度である旨の記載が、それぞれある。
   D医師は、平成28年3月10日、原告について、平成27年12月31日を症状固定日とする、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成した。
   D医師は、平成28年3月23、原告についての診断書(以下「平成28年3月23日付け診断書」という。)を作成した。同診断書には、平成28年1月1日より仕事復帰可能と判断する業務内容は仕事先と協議の上、重労働も部分的可能と判断する。但し休憩が必要である。)との記載がある。

(5)原告は、平成28年4月14日頃、労災保険の後遺障害等級認定手続において、①右足関節の可動域が参考可動域の3/4以下に制限されているため、第12級の7に、②左足関節の可動域が参考可動域の3/4以下に制限されているため、第12級の7に、③右足底部皮膚欠損部に頑固な疼痛が残存しているため、第12級の12に、それぞれ該当するものと判断され、これらの障害を併合した結果、併合第11と認定された。
   原告は、平成28年7月14日頃、自賠責保険の後遺障害等級認定手続において、①右足関節の可動域が参考可動域の1/2以下に制限されているため、第10級11号に、②左足関節の可動域が参考可動域の1/2以下に制限されているため、第10級11 号に、③右肘部受傷後の右尺骨神経領域の知覚障害について、第14級9号に、それぞれ該当するものと判断され、これらの障害を併合した結果、併合第9と認定された。

(6)原告は、平成27年12月に来社し、被告専務に対し、復職したい旨述べたので、被告専務は、働くというのであれば診断書を持ってきて欲しいと回答した。
   そこで、原告は、平成28年2月下旬頃、来社して本件労災保険診断書を提出した。
   さらに、原告は、平成28年3月31日、来社し、平成28年3月23日付け診断書を提出した。しかし、被告代表者は、原告が復職できる状態ではないと判断した。

(7)被告は、平成28年6月28日、原告を被告事務所に呼び、原告が本件事故前と同じプレス加工業務という重労働に従事することは安全確保の観点から疑問であることを説明した。その上で、被告は、原告に対して、雇用期間同日から同年8月27日まで業務内容プレス加工補助・組立作業・他附帯作業作業時間原則として始業時刻は8時30分、終業時刻を16時45分(休憩90分)賃金について時給1,000(注:当時の東京都最低賃金は、907円)とする旨の記載がある雇用契約書(以下「本件雇用契約書」という。)を提示した。
   被告は、その後、原告に対して、何度も復職に関する意向確認のために連絡を行ったが、原告からは何の回答もなかった。

(8)原告は、本件訴訟を提起して、本件事故に関し、①自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条本文又は雇用契約上の安全配慮義務違反による債務不履行に基づき、同事故によって生じた損害金○○円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求するとともに、②雇用契約に基づく給与支払請求権に基づき、平成28年1月1日から同年6月27日までの未払賃金228万6.261円及びこれに対する遅延損害金、③同月28日、被告から新たな雇用条件が記載された雇用契約書を提示されたことが実質的に解雇であり、これは不法行為に該当するとして、これによって生じた損害金282万5,012円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求した。


【争点】

(1)本件事故に基づく損害賠償請求について(被告の責任の有無、過失相殺の有無及びその程度、原告の損害(原告の後遺障害の有無及び程度等))(争点1)
(2)未払賃金の請求について(原告の労務不提供(履行不能)が被告の責めに帰すべき事由に基づくか否か)(争点2)
(3)実質的解雇(不法行為)に基づく請求について(被告の原告に対する新たな雇用契約書(本件雇用契約書)の提示が実質的解雇となり、不法行為に該当するか等)(争点3)
   以下、上記(2)及び(3)についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、上記(2)及び(3)について、各当事者は、以下のとおり主張した。
(原告)
 ア 原告は、平成28年1月1日から本件労働契約書の提示があった日の前日である同年6月27日まで、被告において労働することが不能な状態が続いていたところ、これは原告が再三にわたって復職の意思を示しているのにもかかわらず、被告がこれを拒否したからであって、原告の被告に対する労務の不提供(履行不能)は被告の責めに帰すべき事由によるものである。よって、被告は、原告に対し、民法536条2項に基づき、未払賃金228万6.261円及びこれに対する遅延損害金の支払義務を負う。
 イ 原告と被告との間の従前の雇用契約の内容は、期間の定めがなく、月給制であったのにもかかわらず、本件雇用契約書の内容は、有期のアルバイトであって、従前の雇用契約の内容とは全く異なっている。被告代表者は、原告が復職を希望する旨の意向を示すたびに、原告の復職を拒み続けていたことからすれば、被告による復職の拒否及び本件雇用契約書の提示は、実質的には解雇であり、かつ、違法、無効であるから(労働契約法16条)、不法行為を構成するというべきである。
(被告)
 ア 原告が平成28年2月下旬頃に持参してきた本件労働災害診断書の内容は、原告が本件事故前のようにプレス加工業務に復職することができるとの診断がされているとは到底理解することができなかった。また、原告が平成28年3月23日付け診断書を持参したときには、被告は、原告に対して、プレス加工業務でのフルタイム勤務で復職するのではなく、軽作業・短時間の試し勤務による復職を提案したのであり、復職を一切拒否したものではなく、業務内容や勤務時間に配慮し、試し勤務による時間的猶予を与えたものである。
 イ 被告が本件雇用契約書を提示したのは、まずは2ヶ月間、軽減かつ短時間の業務をやってみてからでないと、原告の足の状態を判断できないと考え、原告に対し、試し勤務を提案したものであって、実質的な解雇ではなく、不法行為ではない。


【裁判所の判断】

(1)争点2(原告の労務不提供(履行不能)が被告の責めに帰すべき事由に基づくか否か)について
 ア 本件事故は、原告が被告の業務に従事中に発生したものであるから、いわゆる労災事故に該当するところ、労災事故によって休職していた労働者の治療が終了し、職場復帰が可能となれば、使用者は、原則として、当該労働者との従前の雇用契約と同じ条件で雇用を継続する義務を負うものと解するのが相当である。
   しかしながら、使用者は、信義則上、労働者に対する配慮として、労働者の労働負荷を軽減することや、職場復帰のための準備期間を提供するなど、労働者の健康に配慮すべき義務を負うと解すべきであると同時に、労働者としても、診断書を提出するほか、自己の健康状態について説明するなどして、使用者による健康状態(職場復帰可能性)の認定に協力する義務があるというべきである。
 イ しかるところ、原告が、平成27年12月に来社した際には、診断書を持参しておらず、被告に診断書を提出したのは、平成28年2月下旬頃に提出した本件労災保険診断書が最初であるところ、同診断書には、治癒年月日が平成27年12月31日とする旨の記載があるものの、様々な障害の状態の詳細が記載されており、原告が同年3月31日に被告に提出した平成28年3月23日付け診断書にも、同年1 月1日より仕事復帰可能と判断する旨の記載があったものの、原告の状態に制限があると解される記載があったのであるから、被告において、原告が従前従事していた金属プレスの業務に復職できるかについて疑問を持つのは自然かつ当然のことといえる。
   そして、被告は、同年6月28日、原告に対し、本件雇用契約書を提示するなどしたが、これは、原告の健康に配慮して、労働者の労働負荷を軽減し、職場復帰のための準備期間を提供したものと評価できるというべきである。
   その後、被告は、何度も原告に対し、復職の意向を確認したが、原告はこれに答えなかった。
   そうすると、原告は、従前の労働条件での復職にこだわり、軽減された職務に就くことなく、現在に至っているというべきであり、これは、原告による就業拒否と評価するのが相当であって、原告の民法536条2項を理由とする未払給与請求は理由がない。

(2)争点3(被告の原告に対する新たな雇用契約書(本件雇用契約書)の提示が実質的解雇となり、不法行為に該当するか等)について
   被告が本件雇用契約書を提示したことは、原告との雇用契約を継続させるために提示したものというべきであって、実質的解雇とはいえない。よって、原告の不法行為請求は理由がない。

(3)結論
   原告の請求は、自賠法3条本文又は民法715条に基づき、○○円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余はいずれも理由がない(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、交通事故に関して後遺障害の程度等が、労働に関して復職の可否をめぐる問題が、それぞれ争点となっているところ、裁判所は、前者については、原告の主張を一部認めたものの、後者について、原告の主張を認めませんでした。
   一般に、傷病休職等の場合、従前の職務を支障なく行える状態にまでは回復していなくても、①相当期間内に治癒することが見込まれ、かつ、②当人に適切なより軽い作業が現に存在する時には、使用者は労働者をその業務に配置すべき信義則上の義務を負うものと解されています(水町勇一郎「労働法[第8版]」143頁)。この点、原告の主治医作成の平成28年3月23日付け診断書には、「重労働も部分的可能」との判断が記載されています。しかし、原告が従前従事していた業務が金属プレスという重労働であったことに加えて、同主治医作成の本件労災保険診断に基づいて、右足関節及び左足関節の可動域制限等の後遺障害が労災保険の障害認定手続において認定されたこと等を考慮すると、上記の各要件を満たしていると考えることは困難と思われます。

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