公衆電話機の受話器がハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生しているという表現には制作者の個性が発揮されているなどとして、原告作品の著作物性を肯定した事例(確定状況不明)
【事案の概要】
(1)控訴人(一審原告)は、東京藝術大学を卒業し、これまでに数多くの個展を開き、美術展に出品するなどして活動している現代美術家である。
被控訴組合(一審被告組合)は、奈良県a市内の事業者を組合員とし、組合員のためにする共同施設の設置及び維持管理等を目的とする事業協同組合である。
被控訴人Y(一審被告Y)は、デザイン関係の仕事をしており、a市内で地域活性化を目指す団体であるAプロジェクトの代表者を務めている。
(2)原判決別紙原告作品目録記載の美術作品(以下「原告作品」という。)は、控訴人が制作したものである。
原告作品は、外見は我が国で見られる一般的な公衆電話ボックスに酷似したものであり、四方がアクリルガラスでできた電話ボックス様の水槽、その内部に設置された公衆電話機様の造作と棚、水槽を満たす水、水の中に泳ぐ多数の金魚からなる。
被控訴人らは、a市内において、原判決別紙被告作品目録記載の美術作品(以下「被告作品」という。)を展示していた。
被告作品は、我が国で実際に使用されていた公衆電話ボックスの部材を利用して制作されたものであり、四方がアクリルガラスでできた電話ボックス様の水槽、その内部に設置された公衆電話機と棚、水槽を満たす水、水の中に泳ぐ多数の金魚からなる。
(3)B大学でC教授の指導を受けていた学生6名が創設した団体である「金魚部」は、公衆電話ボックスの部材を利用して造作した水槽に水を入れ、金魚を泳がせ、水槽内の公衆電話機の受話器部分から気泡を発生させた美術作品を制作し、平成23年10月、大阪市内で開催されたアートイベント「おおさかカンヴァス2011」に「テレ金」と名付けて展示した。
金魚部は、平成24年3月から4月にかけて、a市で開催された映画の公開記念イベント及び「aお城まつり」において「テレ金」を展示し、平成25年3月から4月にかけての「aお城まつり」も「テレ金」を展示した。
その後、金魚部は活動を停止し、a市の有志によって構成された団体である「金魚の会」(代表者は被控訴人Y)が、金魚部から「テレ金」の部材を譲り受けた。 金魚の会は、平成25年10月、a市で開催された「奈良・町家の芸術祭HANARART2013」に、「テレ金」と同様の作品を「金魚電話」と名付けて展示した。
その後、被控訴人Yは、金魚の会から「金魚電話」の部材を承継し、平成26年2月22日、a市内の喫茶店D(以下「本件喫茶店」という。)に被告作品を制作し、これを設置した。本件喫茶店は、かつてガソリンスタンドであった建物、工作物を利用した喫茶店であり、被告作品が設置されたのはその屋外部分である。
被告作品の所有権は被控訴組合が取得し、被控訴人Yとともにその管理に当たった。被控訴人らは被告作品を「金魚電話ボックス」などと呼んでいた。
(4)控訴人は、被控訴組合に対し、被告作品が原告作品についての控訴人の著作権を侵害していると申し入れ、両者間で交渉が行われた。その間の平成29年8月21日、被控訴組合は、「金魚の電話ボックスは控訴人が世界で初めて発表し、数多くの美術展で展示されてきました」などと記載された説明書を被告作品に掲示した。
しかし、交渉は決裂し、被控訴組合は、平成30年4月10日、著作権侵害を否定しつつ、本件喫茶店から被告作品を撤去した。その後、水を抜いた状態でこれを保管している。
(5)控訴人(一審原告)は、訴えを提起して、被告作品の制作差止め等を請求したが、原審(奈良地裁令和元年7月11日判決・判例秘書L07450578)は、原告作品が著作物に当たることを認めつつ、原告作品と被告作品との同一性に関し、「原告が同一性を主張する点(注:①外観上ほぼ同一形状の公衆電話ボックス様の造作水槽内に金魚を泳がせている点、②同造作水槽内に公衆電話機を設置し、公衆電話機の受話器部分から気泡を発生させる仕組みを採用している点)は著作権法上の保護の及ばないアイディアに対する主張である」と判示して、原告の請求をいずれも棄却した。原告は、これを不服として控訴した。
【争点】
(1)原告作品の著作物性(争点1)
(2)著作権(複製権又は翻案権)の侵害の有無(争点2)
(3)著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害の有無(争点3)
(4)被控訴人らの故意、過失の有無(争点4)
(5)控訴人の損害(争点5)
以下、主に上記(1)及び(2)についての裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(原告作品の著作物性)について
ア 著作物性の要件について
控訴人は、原告作品が著作権法10条1項4号にいう「美術の著作物」に該当すると主張する。
著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」をいうから(同法2条1項1号)、ある表現物が著作物として同法上の保護を受けるためには、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならない。
そして、創作性があるといえるためには、当該表現に高い独創性があることまでは必要ないものの、創作者の何らかの個性が発揮されたものであるとことを要する。表現がありふれたものである場合、当該表現は、創作者の個性が発揮されたものとはいえず、「創作的」な表現ということはできない。また、ある思想ないしアイデアの表現方法がただ1つしか存在しない場合、あるいは、1つでなくとも相当程度に限定されている場合には、その思想ないしアイデアに基づく表現は、誰が表現しても同じか類似したものにならざるを得ないから、当該表現には創作性を認め難い。
原告作品は、その外見が公衆電話ボックスに酷似したものであり、その点だけに着目すれば、ありふれた表現である。そこで、これに水を満たし、金魚を泳がせるなどしたことにより、原告作品に創作性が認められるかが問題となる。
イ 原告作品の著作物性について
原告作品のうち本物の公衆電話ボックスと異なる外観に着目すると、次のとおりである。
第1に、電話ボックスの多くの部分に水が満たされている。
第2に、電話ボックスの側面の4面とも、全面がアクリルガラスである。
第3に、その水中には赤色の金魚が泳いでおり、その数は、展示をするごとに変動するが、少なくて50匹、多くて150匹程度である。
第4に、公衆電話機様の造作(以下、単に「公衆電話機」という。)の受話器が、受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生している。
そこで検討すると、第1の点は、電話ボックスを水槽に見立てるという斬新なアイデアを形にして表現したものといえるが、表現の選択の幅としては、入れる水の量をどの程度にするかということしかない。また、公衆電話ボックスが水槽化していることが鑑賞者に強烈な印象を与えるのであって、水の量が多いか少ないかに特に注意を向ける者が多くいるとは考えられない。したがって、電話ボックスを水槽に見立てるというアイデアを表現する方法には広い選択の幅があるとはいえないから、電話ボックスに水が満たされているという表現だけを見れば、そこに創作性があるとはいい難い。
第2の点は、本物の公衆電話ボックスと原告作品との相違であるが、出入口面にある縦長の蝶番は、それほど目立つものではなく、公衆電話を利用する者もその存在をほとんど意識しない部位である。したがって、鑑賞者にとっても、注意をひかれる部位とはいい難く、この縦長の蝶番が存在しないという表現(すなわち、電話ボックスの側面の全面がアクリルガラスであるという表現)に、原告作品の創作性が現れているとはいえない。
第3の点は、これも斬新なアイデアを形にして表現したものである。そして、金魚には様々な種類があり、種類によって色が異なるものがあるから(公知の事実)、泳がせる金魚の色と数の組み合わせによって、様々な表現が可能である。実際、1000匹程度の金魚を泳がせていた「テレ金」は、床面辺りから大量の気泡が発生していることと相まって、原告作品とはかなり異なった印象を鑑賞者に与える作品であると評価することができ、その表現に原告作品との相違があることは明らかである。
もっとも、このように表現の幅がある中で、原告作品における表現は、水中に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという表現方法を選択したのであるが、水槽である電話ボックスの大きさとの対比からすると、ありふれた数といえなくもなく、そこに控訴人の個性が発揮されているとみることは困難であり、50匹から150匹程度という金魚の数だけをみると、創作性が現れているとはいえない。
第4の点は、人が使用していない公衆電話機の受話器はハンガー部に掛かっているものであり、それが水中に浮いた状態で固定されていること自体、非日常的な情景を表現しているといえるし、受話器の受話部から気泡が発生することも本来あり得ないことである。そして、受話器がハンガー部から外れ、水中に浮いた状態で、受話部から気泡が発生していることから、電話を掛け、電話先との間で、通話をしている状態がイメージされており、鑑賞者に強い印象を与える表現である。したがって、この表現には、控訴人の個性が発揮されているというべきである。
この点、被控訴人らは、金魚を泳がせるためには水中に空気を注入する必要があり、かつ、受話器は通気口によって空気が通る構造をしているから、受話器から気泡が発生するという表現は、電話ボックスを水槽にして金魚を泳がせるというアイデアから必然的に生じる表現であると主張する。
しかし、水槽に空気を注入する方法としてよく用いられるのは、水槽内にエアストーン(気泡発生装置)を設置することである。また、受話器は、受話部にしても送話部にしても、音声を通すためのものであり、空気を通す機能を果たすものではないから、そこから気泡が出ることによって、何らかの通話(意思の伝達)を想起させるという表現は、暗喩ともいうべきであり、決してありふれた表現ではない。したがって、受話器の受話部から気泡が発生しているという原告作品の表現に創作性があることは否定し難い。
以上によれば、第1と第3のみでは創作性を認めることができないものの、これに第4の点を加えることによって、すなわち電話ボックス様の水槽に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという状況のもと、公衆電話機の受話器が、受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生しているという表現において、原告作品は、その制作者である控訴人の個性が発揮されており、創作性がある。このような表現方法を含む1つの美術作品として、原告作品は著作物性を有するというべきであり、美術の著作物に該当すると認められる。
(2)争点2(著作権(複製権又は翻案権)の侵害の有無)について
ア 同一性又は類似性について
a)共通点
①公衆電話ボックス様の造作水槽(側面は4面ともアクリルガラス)に水が入れられ(ただし、後記b⑥を参照)、水中に主に赤色の金魚が50匹から150匹程度、泳いでいる。
②公衆電話機の受話器がハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生している。
b)相違点
①公衆電話機の機種が異なる。
②公衆電話機の色は、原告作品は黄緑色であるが、被告作品は灰色である。
③電話ボックスの屋根の色は、原告作品は黄緑色であるが、被告作品は赤色である。
④公衆電話機の下にある棚は、原告作品は1段で正方形であるが、被告作品は2段で、上段は正方形、下段は三角形に近い六角形(野球のホームベースを縦方向に押しつぶしたような形状)である。
⑤原告作品では、水は電話ボックス全体を満たしておらず、上部にいくらかの空間が残されているが、被告作品では、水が電話ボックス全体を満たしている。
⑥被告作品は、平成26年2月22日に展示を始めた当初は、アクリルガラスのうちの1面に縦長の蝶番を模した部材が貼り付けられていた。
c)検討
控訴人は、複製権又は翻案権の侵害を主張している。
著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを有形的に再製すること(著作権法2条1項15号)をいい、著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁昭和53年9月7日判決、最高裁平成13年6月28日判決)。
依拠については後記ウにおいて検討することとし、ここではそれ以外の要件について検討する。
共通点①及び②は、原告作品のうち表現上の創作性のある部分と重なる。なお、被告作品は、平成26年2月22日に展示を開始した当初は、アクリルガラスのうちの1面に、縦長の蝶番を模した部材を貼り付けていた(相違点⑥)。しかし、前記のとおり、この蝶番は目立つものではなく、公衆電話を利用する者にとっても、鑑賞者にとっても、注意をひかれる部位とはいえないから、この点の相違が、共通点①として表れている原告作品と被告作品の共通性を減殺するものではない。
一方、他の相違点はいずれも、原告作品のうち表現上の創作性のない部分に関係する。原告作品も被告作品も、本物の公衆電話ボックスを模したものであり、いずれにおいても、公衆電話機の機種と色、屋根の色(相違点①~③)は、本物の公衆電話ボックスにおいても見られるものである。公衆電話機の下の棚(相違点④)は、公衆電話を利用する者にしても鑑賞者にしても、注意を向ける部分ではなく、水の量(相違点⑤)についても同様であることは前記のとおりである。すなわち、これらの相違点はいずれもありふれた表現であるか、鑑賞者が注意を向けない表現にすぎないというべきである。
そうすると、被告作品は、原告作品のうち表現上の創作性のある部分の全てを有形的に再製しているといえる一方で、それ以外の部位や細部の具体的な表現において相違があるものの、被告作品が新たに思想または感情を創作的に表現した作品であるとはいえない。そして、後記ウのとおり、被告作品は、原告作品に依拠していると認めるべきであり、被告作品は原告作品を複製したものということができる。
仮に、公衆電話機の種類と色、屋根の色(相違点①~③)の選択に創作性を認めることができ、被告作品が、原告作品と別の著作物ということができるとしても、被告作品は、上記相違点①から③について変更を加えながらも、後記ウのとおり原告作品に依拠し、かつ、上記共通点①及び②に基づく表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、原告作品における表現上の特徴を直接感得することができるから、原告作品を翻案したものということができる。
イ 被告作品の制作者について
平成26年2月22日に被告作品を本件喫茶店の屋外部分に設置し、展示することを主体的に行ったのは被控訴組合であり、被控訴人Yはその意向に沿って、被告作品を制作したものであるから、被控訴組合が主体となって、被控訴人Yと共同して、被告作品を制作したということができる。
ウ 依拠について
a)被控訴人Yは、遅くとも平成25年12月(注:控訴人が、HANARART2013のE及び被告Yに対して、「金魚電話」が控訴人の著作権を侵害していると抗議したとき)までに、原告作品のことを知り、かつ、これについて美術家である控訴人が著作権を主張していることも知ったと認められる(詳細については、省略する。)。
b)なお、被控訴人らは、被告作品は、金魚部が制作した「テレ金」を承継したものであるから、被告作品を制作しておらず、金魚部の学生は原告作品の存在及び内容を認識していなかったから、原告作品に依拠した事実はないと主張する。
しかし、前記イのとおり、被告作品の制作者は、被控訴人らであるということができる。また、次に述べるとおり、金魚部の学生が制作した「テレ金」も、原告作品に依拠したものであると推認することができる。すなわち、
・原告作品を制作した平成12年2月頃、前記アの共通点を備えた作品はもとより、公衆電話ボックスを水槽に見立てた作品が存在したと認めるに足りる証拠はない。上記作品の基礎となったアイデア自体斬新といえるが、これに伴う前記アの共通点①に加え、創作性の根拠となった共通点②を備えたものが独立して制作されることは経験則上ないといってよいと考える。
・「テレ金」制作に関わった人物たちは、美術を専行する者であったことを考えると、原告作品を紹介する媒体やこれに関する情報に接する機会は多いといえる。
・原告作品と被告作品との相違点は、上記アのとおりであるが、そのような相違点が生じたのは、たまたま、金魚部が、使用されなくなった電話ボックスを入手し、これを使用して「テレ金」を制作し、これが被告作品に受け継がれたという経緯に基づくものであり、新たな創作を加えたというような状況はない。
・原告作品と「テレ金」との間には、金魚の数や気泡発生装置を別途備える点の相違点があるが、この相違点は、金魚の数が多かったため、気泡発生装置を別途備える必要があったことに基づくものに過ぎない。
このような事情を併せ考慮すると、「テレ金」は、原告作品に依拠して制作されたものと推認することが可能である。
よって、被告作品が「テレ金」を承継するものであることを理由として依拠を否定することはできず、被控訴人らは被告作品を制作するにあたり原告作品に依拠したと認めることができる。
エ 小括
被控訴人らは、平成26年2月22日に被告作品を制作したことにより、控訴人の著作権を侵害したと認められる。
(3)争点3(著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害の有無)及び争点4(被控訴人らの故意、過失の有無)について 略
(4)争点5(控訴人の損害)について
ア 著作権侵害による損害 25万円
イ 著作者人格権侵害による損害 25万円
ウ 弁護士費用 5万円
エ 賠償額合計 55万円
オ 遅延損害金について
被告作品による控訴人の著作権及び著作者人格権の侵害は、本件喫茶店における展示期間の全体を通じて行われたものであるから、遅延損害金は、その終期である平成30年4月10日以降の請求に限って認容すべきである。
(5)結論
控訴人の請求のうち、①被控訴人らに対する被告作品の制作差止めの請求、②被控訴組合に対する被告作品を構成する公衆電話ボックス様の造作水槽及び公衆電話機の廃棄請求はいずれも理由があり、③被控訴人らに対する損害賠償請求は、損害賠償金55万円及びこれに対する遅延損害金を連帯して支払うよう求める限度で理由がある(原判決変更)。
【コメント】
裁判所は、被告作品の基になった「テレ金」についても、原告作品に依拠したものと推認していますが、金魚の数や気泡発生装置について原告作品と相違することも指摘しています。そのため、被告作品が「テレ金」と同一のものであれば、非侵害となった可能性があると考えます。