原告が創作的表現であると主張しているソースコードは、作成者の個性が表れているということはできず、著作権法で保護されるべき著作物であると認めることはできないと判示した事例(確定状況不明)
【事案の概要】
(1)原告は、コンピュータシステムの開発及び技術支援等を目的とする株式会社である。
被告は、企業から開示された情報の調査、収集及び提供等を目的とする株式会社であり、平成23年以降、有価証券報告書等の編集から完成までをサポートするソフトウエアである「X」をクラウドサーバ上で顧客に提供している。
株式会社A(以下「A社」という。)は、企業内容開示に関連するソフトウエアの研究、開発等を業とする株式会社であり、被告の完全子会社である。
(2)Xは、金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類の電子開示システム(以下「EDINET」という。)に提出する開示書類を作成するためのソフトウエアである。
別紙2プログラム目録(略)記載のプログラム(以下「本件プログラム」という。)は、Xに組み込んで用いることができる「X 簡易組替ツール」という名称のプログラムであって、①ユーザーが作成した会計に関するエクセルファイル等をXに取り込む機能及び②勘定科目を開示科目に簡易に組み替える機能を有するものである。
(3)原告は、平成23年11月7日、A社との間で、A社から原告に対して発注される目的物の取引に関する取引基本契約(以下「本件基本取引契約」という。)を締結した。本件取引基本契約には、契約の履行に関連して原告が著作物を創作した場合、当該著作物の著作権に関する取扱いは、A社及び原告で協議して決定する旨の条項(19条3項)がある。
原告は、平成24年8月23日以降、順次、A社との間で、本件取引基本契約に基づく個別契約を締結し、本件プログラムの設計、実装、結合試験等を受注した。
(4)原告は、平成24年8月24日、株式会社B(以下「B社」という。)との間で業務委託基本契約(以下「本件業務委託基本契約」という。)を締結し、同契約に基づき、同日以降、順次、B社に対して、A社から発注を受けた本件プログラムの設計、実装、結合試験等を発注した。本件業務委託基本契約には、納入物件に係るB社の著作権は、当該納入物件の受領をもって原告に移転する旨の条項(16条1項)がある。
原告は、B社において同日から平成26年3月31日までの間に開発した上記発注に係るプログラムを、順次、A社に対して、B社から納品を受けた上で、又はB社から直接に納品した。
原告は、平成26年4月1日から平成28年9月15日までの間に、順次、本件取引基本契約に基づき、A社から発注を受けた本件プログラムを開発し、同日、A社に対して、本件プログラムを納品した。
(5)被告は、平成29年9月5日まで、顧客に対し、クラウドサーバ上で、Xと共に本件プログラムを提供していた。
原告は、本件訴訟を提起して、被告において、原告の創作した本件プログラムを組み込んだXをクラウドサーバ上で顧客に提供することにより、本件プログラムを複製し、送信可能化して、原告の本件プログラムについての著作権(複製権、公衆送信権)を侵害するとともに、この侵害行為により作成された複製物を業務上電子計算機において使用することにより、原告の上記著作権を侵害したものとみなされる旨主張して、被告に対し、対象期間を平成26年6月9日から平成29年6月8日までとする不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金1億1800万円及びこれに対する遅延訴外金の支払を求めた。
【争点】
(1)本件プログラムは著作物といえるか(争点1)
(2)原告は本件プログラムの著作権を有するか(争点2)
(3)著作権侵害の成否(争点3)
(4)被告に著作権侵害について故意又は過失が認められるか(争点4)
(5)損害の発生の有無及びその額(争点5)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(本件プログラムは著作物といえるか)について
ア プログラムは、電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの(著作権法2条1項10号の2)であり、所定のプログラム言語、規約及び解法に制約されつつ、コンピューターに対する指令をどのように表現するか、その指令の表現をどのように組み合わせ、どのような表現順序とするかなどについて、著作権法により保護されるべき作成者の個性が表れる。
したがって、プログラムが著作物であるというためには、指令の表現自体、その指令の表現組合せ、その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性、すなわち、表現上の創作性が表れていることを要すると解される。
イ 以下、本件プログラムのうち、原告が創作的表現であると主張している部分(注:別紙6ソースコード目録(略)記載1ないし14の各ソースコード(以下、番号に対応させて「本件ソースコード1」などといい、これらを一括して、「本件ソースコード」という。)のこと)について検討する。
a)ドロップダウンリストの生成に係る部分
本件ソースコード1には、画面1の「ファイル形式」を選択するドロップダウンリストを生成する処理が記述されているところ、原告は、本件ソースコード1では、ドロップダウンリストを「asp:DropDownList」を利用して別の箇所で生成しているが、他の表現1(略)のように、ドロップダウンリストを直接生成することもできるから、選択の幅があり、ここに原告の個性が表れている旨主張する。
しかしながら、本件プログラムの開発はASP.NET環境下で行われているところ、「asp:DropDownList」は、ドロップダウンリストを生成するためのツールとして、ASP.NET環境で用意されているものであり、これを利用する方法は一般的なことであると認められるから、他の表現1があるとしても、「asp:DropDownList」を利用することに作成者の個性が表れているということはできない。
また、本件ソースコード1の具体的な記述も、ASP.NET環境で利用可能な宣言構文のとおりのものであると認められるのであって、作成者の個性が表れていると認めるに足りず、創作的表現であるとはいえない。
b)サブルーチンに係る部分
原告は、本件ソースコード2ないし4について、サブルーチン化するか否か、サブルーチン化するとしてどのようにサブルーチン化するかについて選択の幅があると主張する。
しかしながら、サブルーチンは、高等学校工業科用の文部科学省検定済教科書である乙232文献(略)にも記載されているような基本的なプログラミング技術の一つであり、プログラム中で繰り返し現れる作業につきサブルーチンに設定することで可読性及び保守性を向上させることができ、そのような観点からサブルーチンを設定することは一般的な手法であると認められるから、本件ソースコード2ないし4にサブルーチンが設定されているというだけでは、作成者の個性が表れていると認めるに足りないというべきである。
以上に加えて、原告は、上記の各点以外に、本件ソースコード2ないし4の記述に選択の幅があることを具体的に主張立証しておらず、これらを創作的表現であると認めるに足りない。
c)条件分岐及びループに係る部分
①本件ソースコード7には、ファイルの最大列数や項目名の開始列を取得する処理が記述されているところ、原告は、本件ソースコード7では、全てのデータに対してforeach文でループを行っているが、他の表現7(1)(略)のように、あらかじめ決められた条件で抽出されたデータに対してのみループを行うことも可能であり、他の表現7(2)(略)のように、for文でループを行うこともできるから、選択の幅があり、ここに原告の個性が表れている旨主張する。
しかしながら、C#において、foreach文は、複数のデータの集まりの各要素を最初から最後まで1回ずつ呼び出して処理するものであり、for文等と共に複数の文献(証拠略)に記載されているループの基本的な制御文であって、for文等で記述された処理を代替し得るものであると認められるから、本件ソースコード7のように、ファイルの最大列数や項目名の開始列を判別するに当たり、foreach文を使用すること自体は一般的なことであると認められ、そのこと自体に作成者の個性が表れているということはできない。
また、他の表現7(1)及び(2)は、ループを行う範囲を限定するものであると認められるが、同等の処理を行うものと認められる本件ソースコード7と比べて記述が長く、可読性が低下していると認められるところ、あえてそのような記述をする必要があると認めるに足る証拠はないから、これを選択可能な他の表現であるとは認めがたい。
②本件ソースコード8には、金額の単位を選択するために画面3に表示されるドロップダウンリストを生成するための判別処理等が記述されているところ、原告は、本件ソースコード8では、foreach文によるループの中で、求める条件が正しい場合に次の条件に進むように記述しているが、他の表現8(略)のように、求める条件が正しくない場合にループをやり直すように記述することもできるから、選択の幅があり、ここに原告の個性が表れている旨主張する。
しかしながら、foreach文は、ループの基本的な制御文であるから、本件ソースコード8のように、ドロップダウンリストを生成するための判別処理として、foreach文を使用すること自体は一般的なことであると認められ、そのことに作成者の個性が表れているということはできない。
また、他の表現8に用いられているcontinue文は、ループの中で使用され、その前のif文が真になった場合にcontinue以降の処理をスキップして、次のループ処理の最初に戻るものであると認められるものの、if文を用いた本件ソースコード8と比べてソースコードが長く、可読性が低下していると認められ、あえてそのような記述をする必要があると認めるに足る証拠はないから、これを選択可能な他の表現であるとは認め難い。
d)変数の設定に係る部分
本件ソースコード10は、画面4に表示される会計科目のデータの判別及び設定を行う処理が記述されているところ、原告は、本件ソースコード10では、変数に対して判別結果を直接設定し、条件演算子「?」、「:」を使用しているが、他の表現10(略)のように、if文によって変数に設定する値を変えることもできる、実際の表現の方が簡潔に記載されているが、他の表現10にも、デバッグやログの出力をしやすいといった利点があるのであって、選択の幅があり、ここに原告の個性が表れている旨主張する。
しかしながら、条件演算子は、条件に基づいて複数の処理を選択する演算子であると認められ、if文等の条件分岐の制御文と同様の処理を行い得るものであって、両者は代替され得るものとして認識されていると認められるから、本件ソースコード10のように、会計科目のデータの判別及び設定を行うに当たり、条件演算子を使用すること自体は一般的なことであると認められ、変数に対して判別結果が直接設定されることが特殊なことであると認めるに足る証拠もないから、それらに作成者の個性が表れているということはできない。
また、原告は、上記の点以外に、本件ソースコード10の記述に選択の幅があることを具体的に主張立証していないから、これを創作的表現であると認めるに足りない。
e)チェック処理に係る部分
本件ソースコード11には、組替操作時に画面4でドロップされた行番号の取得及び変換を行う処理が記述されているところ、原告は、本件ソースコード11では、TryParseメソッドの戻り値でドロップされた行番号のチェック結果を判別しているが、他の表現11(略)のように、Parseメソッドを用いて、まず行番号の取得を試みて、エラーが発生するかどうかでチェック結果を判別することもできるから、選択の幅があり、ここに原告の個性が表れている旨主張する。
しかしながら、TryParseメソッド及びParseメソッドは、いずれもC#ライブラリに標準機能として搭載された、文字列を数値に変換する手法であるところ、TryParseメソッドは、変換に失敗したときに、例外として情報を取得し、それを精査することにより失敗の原因を究明することができるとされるParseメソッドより短くなると認められ、本件ソースコード11のように、ドロップされた行番号の取得及び変換を行うに当たり、TryParseメソッドを用いること自体は一般的なことであると認められ、そのことに作成者の個性が表れているということはできない。
また、原告は、上記の点以外に、本件ソースコード11の記述に選択の幅があることを具体的に主張立証していないから、これを創作的表現であると認めるに足りない。
f)デバッグログを出力するコードに係る部分
原告は、本件ソースコード12にデバッグログを出力するコードが挿入されていることに作成者の個性が表れると主張する。
しかしながら、プログラムの開発過程において、プログラムの保守及び変更等の必要から、不具合があり得ると考えられるソースコード上にデバッグログを出力するコードを挿入することは一般的に行われていることであると認められるから、デバッグログを出力するコードが挿入されているというだけで、そのことに作成者の個性が表れているということはできない。
また、本件ソースコード12のデバッグログを出力するコードの記述に作成者の個性が表れていることについて原告は具体的に主張立証していないから、これを創作的表現であると認めるに足りない。
g)コメントに係る部分
原告は、本件ソースコード14等におけるコメントの有無及びその内容にプログラム作成者の個性が表れる旨主張する。
しかしながら、前記アのとおり、プログラムは、電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したしたもの(著作権法2条1項10号の2)であるところ、コメントは、コンピューターの処理の結果に影響するものではなく、コンピューターに対する指令を構成するものであるとはいえないから、上記のプログラムに当たらない。 また、原告は、本件ソースコード14のコメントの内容に作成者の個性が表れていることを具体的に主張立証しておらず、これを創作的表現であると認めるに足りない。
h)小括(本件ソースコード)
以上のとおり、原告が創作的表現であると主張している本件ソースコードについて、作成者の個性が表れているということはできず、著作権法で保護されるべき著作物であると認めることはできない。
そして、原告は、本件ソースコード以外、本件プログラムのどの部分に作成者の個性が表れているかを具体的に主張立証しておらず、本件プログラムに著作物性を認めるに足りないというべきである。
(2)結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない(請求棄却)。