被害者の請求により、将来介護費用の他、逸失利益についても定期金賠償が認められた事例(確定)
【事案の概要】
以下のとおりであるが、詳細については、札幌地裁平成29年6月23日判決参照
(1)被上告人(平成14年8月生まれ。当時4歳)は、平成19年2月3日、道路を横断していたところ、上告人Y1が運転する大型貨物自動車に衝突される交通事故(以下「本件事故」という。)に遭った。本件事故における過失割合は、上告人Y1が8割であり、被上告人側が2割である。
(2)被上告人は、本件事故により脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、その後、高次脳機能障害の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残った。本件後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表第2第3級3号に該当するものであり、被上告人は、これにより労働能力を全部喪失した。
(3)被上告人は、本件において、本件後遺障害による逸失利益として、その就労可能期間の始期である18歳になる月の翌月からその終期である67歳になる月までの間に取得すべき収入額を、その間の各月に、定期金により支払うことを求めている。
なお、被上告人の損害のうち将来介護費用(定期金賠償)については、上告人らが、被上告人に対し、連帯して平成28年11月から被上告人が死亡するまで、毎月27日限り、以下の金額を支払うものとされている。
ア 平成28年11月から平成30年3月まで7万3,000円
イ 平成30年4月から平成46年6月まで16万1,333円
ウ 平成46年7月以降19万4,666円
【争点】
(1)後遺障害による逸失利益は、定期金による賠償の対象となるか否か(争点1)
(2)就労期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要するか否か(争点2)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
なお、上告人は、上告審において、概要、以下のとおり主張した。
ア 後遺障害による逸失利益は不法行為時に一定の内容のものとして発生しており、また、定期金による賠償は、賠償をすべき期間が被害者の死亡により終了する性質の債権についてのみ認められるべきである。
イ (仮に、後遺障害による逸失利益について定期金による賠償が認められるとしても)就労可能期間の終期(注:被上告人が67歳になる月)より前に被害者が死亡した場合には、その死亡時を定期金による賠償の終期とすべきである。
【裁判所の判断】
(1)争点1(後遺障害による逸失利益は、定期金による賠償の対象となるか否か)について
同一の事故により生じた同一の身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償債務は1個であり、その損害は不法行為の時に発生するものと解される(最高裁昭和48年4月5日判決、同昭和58年9月6日判決等参照)。
したがって、被害者が事故によって身体傷害を受け、その後に後遺障害が残った場合において、労働能力の全部又は一部の喪失により将来において取得すべき利益を喪失したという損害についても、不法行為の時に発生したものとして、その額を算定した上、一時金による賠償を命ずることができる。
しかし、上記損害は、不法行為の時から相当な時間が経過した後に逐次現実化する性質のものであり、その額の算定は、不確実、不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ないものであるから、将来、その算定の基礎となった後遺障害の程度、賃金水準その他の事情に著しい変更が生じ、算定した損害の額と現実化した損害の額との間に大きなかい離が生ずることもあり得る。
民法は、 不法行為に基づく損害賠償の方法につき、一時金による賠償によらなければならないものとは規定しておらず(722条1項、417条参照)、他方で、民訴法117条は定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えを提起することができる旨を規定している。同条の趣旨は、口頭弁論終結前に生じているがその具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような性質の損害については、実態に即した賠償を実現するために定期金による賠償が認められる場合があることを前提として、そのような賠償を命じた確定判決の基礎となった事情について、口頭弁論終結後に著しい変更が生じた場合には、事後的に上記かい離を是正し、現実化した損害の額に対応した損害賠償額とすることが公平に適うということにあると解される。
そして、不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補填して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり、また、損害の公平な分担を図ることをその理念とするところである。
このような目的及び理念に照らすと、交通事故に起因する後遺障害による逸失利益という損害につき、将来において取得すべき利益の喪失が現実化する都度これに対応する時期にその利益に対応する定期金の支払をさせるとともに、上記かい離が生ずる場合には民訴法117条によりその是正を図ることができるようにすることが相当と認められる場合があるというべきである。
以上によれば、交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、上記目的理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となるものと解される。
(2)争点2(就労期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要するか否か)について
交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について一時金による賠償を求める場合における同逸失利益の額の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、同死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではないと解するのが相当である(最高裁平成8年4月25日判決、同平成8年5月31日判決参照)。
上記後遺障害による逸失利益の賠償について定期金という方法による場合も、それは、交通事故の時点で発生した1個の損害賠償請求権に基づき、一時金による賠償と同一の損害を対象とするものである。そして、上記特段の事情がないのに、交通事故の被害者が事故後に死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害の填補を受けることができなくなることは、一時金による賠償と定期金による賠償のいずれの方法によるかにかかわらず、衡平の理念に反するというべきである。したがって、上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずる場合においても、その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したからといって、上記特段の事情がない限り、就労可能期間の終期が被害者の死亡時となるものではないと解すべきである。
そうすると、上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たっては、交通事故の時点で、被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しないと解するのが相当である。
(3)結論
以上を本件についてみると、被上告人は本件後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めているところ、被上告人は、本件事故当時4歳の幼児で、高次機能障害という本件後遺障害のため労働能力を全部喪失したというのであり、同逸失利益は将来の長期間にわたり逐次現実化するものであるといえる。これらの事情を総合考慮すると、本件後遺障害による逸失利益を定期金による賠償の対象とすることは、上記損害賠償制度の目的(注:原状回復目的)及び理念(注:損害の公平な分担)に照らして相当と認められる。
また、本件後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たり、被上告人について、上記特段の事情はうかがわれない。
以上によれば、原審の判断は是認することができる(上告棄却)。
【補足意見】
裁判官小池裕の補足意見は、概要、以下のとおりである。
(1)事故に起因する後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命じた場合において、その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したときにも就労可能期間の終期が被害者の死亡時となるものではないとすると、被害者の死亡後もその遺族等に対する定期金による賠償の支払義務が継続することになる。 しかし、このような場合、被害者の死亡によってその後の期間について後遺障害等の変動可能性がなくなったことは、損害額の算定の基礎に関わる事情に著しい変更が生じたものと解することができるから、支払義務者は、民訴法117条を適用又は類推適用して、上記死亡後に、就労可能期間の終期までの期間に係る定期金による賠償について、判決の変更を求める訴えの提起時における現在価値に引き直した一時金による賠償に変更する訴えを提起するという方法も検討に値するように思われ、この方法によって、継続的な定期金による賠償の支払義務の解消を図ることが可能ではないかと考える。
(2)定期金による賠償に関する実態規定が存しないことから、どのような場合に、あるいは、どのような事情を考慮して定期金による賠償の対象となると解することができるか(相当性の判断)については、解釈に委ねられている。
この点については、不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らし、定期金による賠償制度の趣旨、手続規定である判決の変更を求める訴えの提起の要件との関連性等を考慮して検討すべきものであると考えられ、定期金による賠償に伴う債権管理等の負担、損害賠償額の等価性を保つための擬制的手段である中間利息控除に関する利害を考慮要素として重視することは相当ではないと考える。