【民事】大阪地裁令和元年5月22日判決(自保ジャーナル2053号150頁)

契約車両を主に使用する者が運転免許を有していないとき、同人の配偶者は記名被保険者となり得ないとして、保険会社による詐欺取消(民法121条本文)を認めた事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成27年9月18日午前8時50分頃
 イ 発生場所 奈良県大和高田市内路上
 ウ 原告車 原告Aが所有し、原告Bが運転する普通乗用自動車
 エ C車 Cが所有し、運転する普通乗用自動車
 オ 事故態様 信号機により交通整理の行われている十字路交差点(以下「本件交差点」という。)において、本件交差点を西から東に向かって直進進行しようとした原告車と、南から北に向かって直進進行しようとしたC車が側面衝突した。

(2)Cは、平成24年6月14日に運転免許取消処分を受け、その後、本件事故発生の日である平成27年9月18日までの間、運転免許を取得していなかった。
   原告らは、平成28年10月3日、Cに対して本件事故による損害の賠償を求める訴えを、E地方裁判所a支部に提起した(以下「別件訴訟」という。)。しかし、Cは、別件訴訟の口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかったため、平成29年2月14日、原告らの請求を全部認容する判決が言い渡され、同年3月6日の経過により確定した。
   その後、原告らは、C車に付保された自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)の保険者である被告に対し、本件保険契約に定める損害賠償請求権者の直接請求権に基づき、損害金相当額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

(3)本件保険契約の内容は、以下のとおりである。
 ア 保険日 平成27年7月14日
 イ 保険契約者 D(注:Cの妻
 ウ 記名被保険者 D
 エ 保険期間及び補償内容 略

(4)Cは、平成27年7月14、被告の代理店を訪れ、Dを代理して、上記の内容が記載された自動車保険申込書を作成・提出し、同日、Dと被告との間で、本件保険契約が締結された。上記申込書には、記名被保険者であるDの運転免許証につき、免許証の色はゴールドで、有効期限は平成29年4月である旨も記載されていた。 なお、Cを契約車両とする自動車保険契約としては、平成27年1月18にDと被告との間で締結された、記名被保険者をD、保険期間を同月26日午後4時から平成30年1月26日午後4時までとする自動車保険契約(以下「旧保険契約」という。)が存在していたところ、保険料の払込方法を変更する際に、旧保険契約が解約され、本件保険契約が締結された。

(5)本件保険契約の約款には、要旨、以下の定めがある。
 ア 被保険者
   次の者は、「被保険者」に該当する。
  a)記名被保険者
  b)契約車両を使用又は管理中の記名被保険者の配偶者
 イ 告知事項
   記名被保険者(氏名及び年月日)及び記名被保険者の運転免許証の色が、告知事項に該当する。このうち、記名被保険者に関する告知については、本件約款に以下の記載がある。
   記名被保険者は、「対人賠償責任保険」、「対物賠償責任保険」、「自動車事故特約(人身傷害保険)」等の被保険者(補償の対象となる方)の範囲や等級・事故有係数適用期間の承継範囲、記名被保険者年齢別料率区分等を決めるための重要な事項となります。ご契約のお車を「主に使用される方」等から1名を選択し、その方のお名前が保険証券の「記名被保険者氏名」欄に正しく記載されているかご確認ください。
   (注)ご契約のお車を「主に使用される方」は、次のいずれかの方をいいます。
   ①主たる運転者(運転頻度の高い方)
   ②「ご契約のお車の所有者」や「自動車検査証上の使用者」等、実際にご契約のお車を自由に支配・使用している方
 ウ 告知義務
  a)保険契約者または記名被保険者になる者は、保険契約締結の際、告知事項について、被告に事実を正確に告げなければならない。
  b)被告は、保険契約締結の際、保険契約者または記名被保険者が、告知事項について、故意または重大な過失によって事実を告げなかった場合または事実と異なることを告げた場合には、保険契約者に対する書面による通知をもって、この保険契約を解除することができる。
  c)上記解除権は、被告が、上記bによる解除の原因があることを知った時から1ヶ月を経過した場合には行使しない。

(6)被告は、平成29年6月30日、Dに対し、告知義務違反を理由に本件保険契約を解除する旨の意思表示をした。
   被告は、平成30年5月26日、Dに対し、詐欺を理由に本件保険契約を取り消す旨の意思表示をした。


【争点】

(1)本件事故の態様及びCの責任原因(争点1)
(2)原告らの損害(争点2)
(3)本件保険契約の効力(争点3)
 ア 告知義務違反による解除
 イ 錯誤無効
 ウ 詐欺取消の可否
   裁判所の判断の概要は、以下のとおりである。


   なお、争点3ウに関する原告の主張は、以下のとおりである。
 ア 争点3ウに関する原告の主張1
   本件保険契約の申込時点において、DがC車を使用する予定またはその可能性があった。Dが自己を記名被保険者として自ら旧保険契約を締結していることは、その証左である。
 イ 争点3ウに関する原告の主張2
   仮に、本件保険契約の申込時点において、DがC車を使用する予定またはその可能性がなかったとしても、上記【事案の概要】(5)イのとおり、本件約款には、記名被保険者について、契約車両を主に使用する方「等」と記載されており、契約車両を主に使用する者以外に、これに準ずる者も含まれる。そして、契約車両を使用中である記名被保険者の配偶者も補償の対象となる者(被保険者)に含まれる(前記【事案の概要】(5)アb)のであるから、契約車両を主に使用する者の配偶者は、契約車両を主に使用する者に準ずる者として、記名被保険者にあたる。


【裁判所の判断】

(1)争点3(本件保険契約の効力)について
   事案に鑑み、先に争点3について判断するに、争点3ウ(詐欺取消の可否)に関する被告の主張のとおり、被告は、Dの代理人であるCの詐欺により本件保険契約を締結したものと認められるから、被告の取消の意思表示により、本件保険契約は、遡及的に無効となる(民法121条本文)。
   以下、詐欺が成立すると判断した理由について詳述する。
 ア 以下の事実が認められる。
  a)Cは、平成24年6月14日に運転免許取消処分を受けた後、運転免許を取得していないにもかかわらず、従前同様に自動車の運転を続けていたところ、平成26年7月頃、C車を購入し、自らを所有者及び使用者として登録した上、以後、自身の仕事のために、ほぼ毎日、C車を運転していた。一方、Dは、同年春頃、娘と共同で使用するために別の車両を購入して以降、同車を使用しており、C車を使用することは全くなかった。
  b) 前記【事案の概要】(4)の経緯にて、平成27年7月14日、Dと被告との間で、本件保険契約が締結された。 本件保険契約の申込みに際しては、記名被保険者について、契約車両を主に使用する者等から1名を選択することとされ、主に使用する者とは、①主たる運転者(運転頻度の高い者)、②所有者や自動車検査証上の使用者等、実際に契約車両を自由に支配・使用している者のいずれかとされていた。 また、上記申込書には、記名被保険者の運転免許証の色を記載することとなっており、記名被保険者が運転免許証を持っていない場合には、同申込書に「その他」と記載することとなっていた。 本件保険契約においては、ノンフリート等級につき6S等級、事故有係数適用期間は0年とされ、保険料について9%の割引が適用された。
 イ 上記アbのとおり、本件保険契約の申込みに際しては、C車を主に使用する者等を記名被保険者とした上で、自動車保険申込書に、記名被保険者の氏名、生年月日及び運転免許証の色を記載することとされていたところ、 これは、本件保険契約においては、記名被保険者、すなわち、契約車両の主たる運転者や契約車両を自由に支配・使用している者等が誰であるか、その者の年齢、運転免許証の保有の有無、事故歴等などに応じて、保険事故発生の危険が異なり、被告において、本件保険契約の申込みを承諾するか否か、また、承諾する場合の契約条件(ノンフリート等級、事故有係数適用期間、記名被保険者年齢別料率保険料の額など)を決定するに際し、重大な影響を及ぼすからであると解される。 このことは、記名被保険者を告知事項と定める本件約款の規定の内容からも明らかである。
   そして、前記アaによれば、CがC車を購入した平成26年7月以降、C車の所有者及び自動車検査証上の使用者はCであり、また、同人のみがC車を運転し、管理し、使用する一方、DがC車を使用することはなかったと認められるから、本件保険契約の申込時点において、C車の記名被保険者になり得る者は、Cのみであって、Dは、C車の主たる運転者ではなく、C車を支配・使用している者でもなかったと認められる。 そうであるにもかかわらず、Cは、Dの代理人として本件保険契約を申し込むにあたり、C車の記名被保険者としてDの氏名及び生年月日が記載され、記名被保険者の運転免許証の色はゴールドである旨が記載された自動車保険申込書を作成・提出しているのであって、かかる行為は、Dの代理人であるCにおいて、実際には、C車を専ら運転し、使用・管理するのは、運転免許を有していないCであったにもかかわらず、これを秘して、C車を主に使用する者等がDである旨、被告を欺罔するものというほかない。そして、被告において、上記申込時点におけるC車を主に使用する者等が、運転免許を有していないCであり、Dはこれに該当しないことを知っていたならば、本件保険契約の締結に応じなかったものと解されるから、被告は、Cの上記欺罔行為により、上記のとおり誤信して本件保険契約を締結したものと認められる。
   以上のとおり、本件保険契約は、Dの代理人であるCの欺罔によって締結されたものであり、詐欺取消の対象となる。
 ウ 争点3ウに関する原告の主張1について 前記アa及び証拠(略)によれば、Dは、Cが運転免許取消処分を受けた後も自動車の運転を継続していることを危惧しながら、Dの無免許運転を止めさせることはできないと考えていたというのであるから、夫であるC運転するC車が事故に遭った場合を慮って、C車に係る自動車保険の締結に協力したとしても不自然ではなく、Dが自己を記名被保険者として自ら旧保険契約を締結しているというだけでは、本件保険契約の申込時点において、DがC車を使用する予定又はその可能性があったとはいえない。
   よって、原告らの上記主張は採用できない。
 エ 争点3ウに関する原告の主張2について
   本件約款において、前記【事案の概要】(5)イのとおりに告知事項が定められている趣旨は、契約車両を運転する頻度の高い者や実際に契約車両を自由に支配・使用している者が誰であるのか、その者の年齢や運転免許の保有の有無、保有する運転免許証の種類、事故歴などに応じて、保険事故発生の危険が異なるからにほかならない。 そうすると、記名保険者となり得る者(注:契約車両を主に使用する者「等」に該当する者)は、上記危険を判断するために適切な者でなければならないと解するのが相当である(注:契約車両を主に使用する者の配偶者であっても、契約車両を主に使用する者「等」に該当しないこともある。)。
   よって、(注:Dは、契約車両を主に使用する者「等」に該当しないので、)原告らの上記主張は採用できない。

(2)結論
   以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。

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