従前と異なる業務(部品仕訳作業)を行わせる指示が権利濫用に当たらず、これに従わなかった原告に対する解雇が有効と判断された事例(控訴後控訴棄却)
【事案の概要】
(1)被告は、企業内教育研修に関する企画・立案及びコンサルティング等を目的とする株式会社である。
原告は、昭和60年4月に株式会社T(以下「T」という。)に入社し、遅くとも平成18年1月までに、被告に転籍した。原告は、平成23年4月、A研修部のBスクール(以下「Bスクール」という。)担当に配属された。原告は、Bスクールに配属後、①年間スケジュール作成業務、②年間スケジュールに基づき、日々の訓練や行事の運営をサポートする業務及び③一般教養関係の科目についての講師業務を行っていた。
(2)Cは、平成24年、Bスクールに配属され、平成26年4月から、Bスクールの校長(グループ長)に就任した。CがBスクールの校長に就任した後、原告は、Cとの折り合いが良くないことから、同年7月以降、講師控え室において執務をするようになり、同年12月までの約5か月間、講師控え室での執務を継続した。
(3)Bスクールは、Tグループにおける技術職要員の確保等を目的に、T及びグループ各社(以下「派遣元」という。)から、各社に技術職として入社する新規高卒者等の派遣を受け、毎年4月から翌年3月まで、派遣された訓練生に対し、教育訓練を行っている。 Bスクールは、半期に一度、派遣元に対する報告会(以下「派遣元報告会」という。)を実施していた。派遣元報告会には、訓練生、派遣元窓口担当者、訓練生の上長、Bスクールグループ長が参加した。
(4)平成26年度前期派遣元報告会は、平成26年10月7日、開催された。原告は、同報告会の事前資料の作成、会場準備、当日の司会進行等を行った。 原告は、同月14日、派遣元関係者等に対し、Bスクール前期報告会議事録についての連絡と題するメールを送信した(以下「本件メール」という。)。本件メールには、前期報告会について、開催前は担当するように言われたのに、180度変わり、当方は担当ではないのに余計な事をしたと言われたから、議事録を含め、今後一切対応しないなどとの記載があった。
Cは、翌同月15日、被告の管理部の依頼に基づき、原告に対し、許可なく本件メールを送信したことに関し反省文を作成するよう指示した。しかし、原告は、形式的には反省文を作成したものの、その内容はC及び被告組織を批判するものであった。そこで、Cは、同月17日、反省文の再提出を促したものの、原告は、Cらを批判し続けたため、それ以降、Cが反省文の再提出を求め、原告が同様の反省文を提出するということの繰り返しとなった。
(5)被告は、同月15日以降、原告を従前の業務から外し、原告に対し、反省文の作成を指示しており、それ以外の業務は指示していなかった。 被告の管理部は、被告代表者とも協議の上、原告に、Bスクールの電子機器科の実技実習の準備作業を行わせることとし、Cは、この方針に基づき、同年11月中旬、原告に対し、マーシャリング作業(部品仕訳作業)を指示した(以下「本件業務指示」という。)。
マーシャリング作業は、予定されている実習に用いる部品類を揃えて袋詰めにするという授業の準備作業であり、被告において従前は、専任の担当者は置かれておらず、Bスクールの各専攻科の授業を担当する各指導員が、授業中に指導の合間を縫い又は残業する等して同作業を行っていた。 しかし、原告は、本件業務指示に従わず、マーシャリング作業を行わなかった。
(6)被告は、平成27年4月21日付けで、原告に対し、①平成26年11月18日から本件業務指示を無視し続けていること、②同年10月14日、Bスクール派遣元関係者に等に業務上不適切なメールを送信し関係先に無用な混乱を招いたこと及び③同年7月17日以降5か月以上の長期に亘って講師控え室での執務を正当な理由なく継続したことは、就業規則100条3項2号に該当するとして、譴責の懲戒処分をした(以下「本件譴責処分」という。)。
被告は、平成27年8月7日付で、原告に対し、本件譴責処分後も、本件業務指示に従わず、上長の指揮命令に従わない状態を継続していることは、就業規則101条5項2号及び3号に該当するとして、出勤停止1日の懲戒処分をした(以下「本件出勤停止処分」という。)。
被告は、同年11月30日付けで、原告に対し、本件出勤停止処分後も本件業務指示に従わず、上長の指示命令に従わない状態を継続していることは、会社業務の運営に著しく協力しない行為であり、就業規則27条1項3号及び6号に該当するとして、同日付で解雇の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。
【争点】
(1)本件業務指示が権利濫用に当たるか(争点1)
(2)本件解雇の有効性(争点2)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(本件業務指示が権利濫用に当たるか)について
ア 本件就業規則4条は、社員は、上長の指示命令に従わなければならないと定めているから、原告は、原則として、本件業務指示に従う義務がある。しかしながら、本件業務指示が、懲罰目的又はいじめ・嫌がらせ目的であるなど、業務命令権の濫用に当たる場合には、無効であると解される(労働契約法3条5項参照)。
イ 以下、本件業務指示が、懲罰目的またはいじめ・嫌がらせ目的であったかについて、検討する。
a)業務指示の必要性 原告が、Bスクールの顧客にあたる派遣元に対し、原告のBスクールに対する不満を暴露し、Bスクールを批判する内容の本件メールを送信して、Bスクールの信用を揺るがす重大行為を行った上に、本件メール送信後、反省文の作成を指示されたにもかかわらず、引き続き、Cらを批判し続け、真に反省した態度を示していなかったことからすれば、被告が、原告を従前の業務に戻した場合、本件メールの送信と同様の行為が再発し、Bスクールの信用を揺るがすおそれがあるため、従前の業務に戻すことはできないと判断したこともやむを得ない。 その上、マーシャリング作業は、実技実習の準備作業として不可欠のものであり、従前から授業を担当する各作業員が行っていたものであるから、マーシャリング作業自体の業務上の必要性も認められる。
したがって、本件業務指示は、被告が本件メール送信後も真に反省する態度を見せない原告に対し、従前の業務の代わりに、必要な業務を指示したものと評価できるのであるから、本件業務指示の必要性は認められる。
b)手段の相当性 マーシャリング作業自体は、従前から、各指導員が行っている作業であって、一般的に、作業者が精神的、身体的苦痛を感じるものとは解されないことからすれば、本件業務指示は、手段としても、社会通念上相当であるといえる。
c)小括
以上からすれば、本件業務指示は、業務上の必要性もあり、手段も相当であるから、懲罰目的又はいじめ・嫌がらせ目的であると推認することはできず、その他本件全証拠によっても、業務命令権の濫用と認めるに足りる事情もないから、本件業務指示は有効である。
(2)争点2(本件解雇の有効性)について
ア 上記(1)のとおり、本件業務指示は有効であるにもかかわらず、原告は、本件業務指示に従わず、マーシャリング作業を行わなかった。これは、原告が会社業務の運営を妨げ又は著しく協力しないといえるとともに、正当な理由なく、約1年に渡って上長の指揮命令である本件業務指示に従わず、その情状が特に重いといえるから、これは、本件就業規則27条1項3号及び6号、101条5項2号、3号、100条3項2号に該当すると認められる。
イ これに対し、原告は、本件業務指示が懲罰目的又はいじめ・嫌がらせ目的であると疑っていたのであるから、本件業務指示に従わなかったことについて、やむを得ない事情があると主張する。
しかしながら、反省文の作成指示が継続されたのも、原告がCらの批判を継続し、反省の態度を示していなかったため、反省を促す必要があったからであることは、通常人であれば容易に理解することができる上に、E部長(注:同人は、A研修部の平成26年当時の部長であり、同年12月12日、原告と面談した。)及びF部長(注:同人は、E部長の後任であり、平成27年8月19日、原告と面談した。)も、原告に対し、従前の業務を行わせることができず、信頼関係を回復するためにマーシャリング作業が必要であることを説明していたことからすれば、仮に、原告が、本件業務指示が懲罰目的又はいじめ・嫌がらせ目的であると疑っていたとしても、本件業務指示に従わなかったことについて、やむを得ない事情があったとは認められず、上記認定を左右しない。
ウ 原告は、①原告がマーシャリング作業を行わなかったことにより、大きな支障は生じていないから、本件業務指示に従わないことは、原告を解雇するための客観的合理的理由とならない、②同種行為を行わないと確約しているから、改善の余地があり、労働契約の継続が困難な状態とはいえず、原告を解雇するための客観的合理的理由に欠ける、③被告が、原告を従前の業務に復帰させ、又は、他の部署に異動させることにより解雇を回避できたと主張するが、原告の各主張は、いずれも採用できない。
したがって、本件解雇は、客観的合理的理由を欠くとは認められない。
エ そして、原告は、法廷で本件メールの送信行為について反省の弁を述べていること、本件譴責処分を受けるまで、約30年間、T及び被告において、懲戒処分歴なく勤務を継続してきたこと、原告が本件解雇当時、51歳で再就職が困難な年齢であることを考慮しても、原告が、懲戒処分を2回受けても、有効な本件業務指示に従わないという強固な姿勢を示しており、企業秩序を著しく乱していることからすれば、本件解雇は、社会通念上相当ではないとも認められない。
(3)結論
本件訴えのうち本判決確定の日の翌日以降に支払期日が到来する給与及び賞与に係る部分は、不適法であるから、これを却下し、原告のその余の請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。
なお、控訴審である東京高裁令和元年10月2日判決・労働判例1219号21頁は、控訴人(第1審原告)の控訴を棄却した。