【交通事故】京都地裁令和元年9月27日判決(自保ジャーナル2059号139頁)

被告車のフロントガラスにクモの巣状の割れがある一方、原告が右頭部及び右顔面を打撲していること等から事故態様を推認し、これに反する原告の主張を認めなかった事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成27年3月3日午後6時45分頃
 イ 発生場所 京都市内路上(以下「本件道路」という。)
 ウ 加害車両 被告(当時74歳)運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)
 エ 被害者 自転車に乗るか又は自転車を押して道路を横断中の原告(当時77歳)(以下、この自転車を「原告自転車」ということがある。)
 オ 事故態様 本県道路を南から北に横断中の原告と、東から西に進行してきた被告車が、出会い頭に衝突した。

(2)原告は、本件事故により、右半身打撲、右上腕骨骨折、右腓骨骨折、右外踝骨折、右足関節骨折、右助骨骨折、右頬骨骨折、鼻骨骨折、頸部挫傷、口内切創、顔面多発挫創顔面・頭部皮下血腫顔面瘢痕拘縮等の傷害を負った。
   原告は、本件事故後、各医療機関等に入院(52日)及び通院(期間961日、実日数142日、ただし、2日は重複)をし、治療を受けた。なお、C病院における治療の経過は、以下のとおりである。
 ア 平成27年3月3日~同年4月23日 入院52日(うち同年3月3日~同年4月2日までギプスシーネ固定)
 イ 平成27年4月27日~平成29年12月12日 通院(実日数57日)

(3)原告は、C病院において、平成29年12月12日をもって症状固定とする旨の診断を受けた。
   原告は、本件事故による後遺障害について、自賠責保険の後遺障害等級認定(事前認定)において、自賠法施行令別表第二の後遺障害等級併合12級(注:右前額部及び右頸部の2ヶ所の瘢痕について、12級14号、右顔面のしびれ、つっぱり感、痛み、知覚低下について、14級9号等)の認定を受けた。


【争点】

(1)事故態様(争点1)
(2)過失割合(争点2)
(3)本件事故と相当因果関係のある治療の範囲(争点3)
(4)原告の損害(争点4)
   上記(1)及び(2)についての裁判所の判断は、以下のとおりである。


   なお、争点1(事故態様)に関する当事者の主張は、以下のとおりである。
 ア 原告の主張
   原告は、自転車を押して徒歩で本件道路を南から北に向けて横断中、本件事故に遭った。そのことは、次の事実等により裏付けられる。
  a)原告は、C病院において、自転車を押して歩行中に本件事故に遭った旨説明している。
  b)原告は高齢であり、本件事故現場は南から北に向けて上り坂となっているため、普段から同じ経路を自転車を押して徒歩で通行している。ましてや本件事故当時は雨であったから、原告が自転車に乗って道路を横断しようとしたとは考え難い。
 イ 被告の主張
   原告は、自転車に乗って本件道路を横断中、本件事故に遭った。そのことは、次の事実等により裏付けられる。
   原告は、本件事故時、右側(東側)から来た被告車のフロントガラスで右頭部や右顔面を打撲している。これは、原告が自転車に乗った状態で右から衝突され、自転車だけが左に飛ばされ、原告の身体が被告車のフロントバンパー上に跳ね上げられて生じたことである。
   原告が説明するように自転車を右側にして徒歩で横断していたとすれば、原告の身体も自転車とともに左に飛ばされ、フロントガラスに頭部等をぶつけることはない。


【裁判所の判断】

(1)争点1(事故態様)について
 ア 本件事故に至る経緯及び態様は、以下のとおりと認められる(以下の【ア】、【A】等の符号は、別紙交通事故現場見取図(実況見分調書の写し。(以下「別紙見取図)という。)のそれを指す。)。
  a)本件事故の現場(以下「本件現場」という。)は、本県道路の西行き車線の第2車線(右側の車線)上である。 本件事故当時、【A】地点には駐車車両があり、原告及び被告からの他害の見通しはよくなかった。
  b)原告はK株式会社L店(注:原告は、従前から夫の経営するクリーニング店(株式会社K)の本店での各種業務に従事するとともに、平成27年1月以降は、新たに開店したクリーニング取次店である、K株式会社L店の業務に従事していた。)での勤務を終え、本店に帰るため、原告自転車に乗って本件現場に至った。原告が自転車に乗って本件道路を南から北に横断しながら【×】地点に至ったところ、東から西進してきた被告車と衝突した。
  c)被告は、被告車を運転して本件現場の手前の②地点に差し掛かり、前方③地点まで進んだところで、【ア】地点を南から北に横断する原告を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、【×】地点で原告自転車と衝突した後、⑤地点で停車した。
 イ 原告の主張等の検討
  a)原告は、上記認定に反し、本件事故当時、自転車を押して歩いていたと主張し、これに沿う供述をし、陳述書にも同旨の記載がある。 そして、C病院のカルテには「自転車を押して歩いている時、軽自動車にぶつけられた」との記載があり、また、D大学病院(注:原告は、C病院入院中の平成27年3月5日及び4月13日、右眼瞼浮腫が強く視力に不安があるとして、C病院の紹介によりD大学病院眼科を受診した。)の眼下の診断書にも「自転車を押して歩いていた際に自転車が衝突」との記載があるところ、これらは原告の上記主張等に沿うものである。
  b)しかし、まず、カルテの記載についてみると、B病院(注:原告は、平成27年3月3日、本件事故で【事案の概要】(2)の傷害を負い、B病院に救急搬送されたが、同病院への入院の適応はないとしてC病院に転送された。)のカルテには「自転車を道路で横断」との記載があり、また、D大学病院のカルテには「自転車に乗っている時に自動車が衝突」との記載があることからすると、これらのカルテ記載と上記a)のカルテ記載のいずれが真実を反映したものであるかは定かではなく、上記a)のカルテ記載を決め手とすることはできない。
   次に、被告車のフロントガラスにクモの巣状の割れがあり、他方で、原告が右頭部及び右顔面を打撲していることからすると、本件事故により原告の身体が被告車のボンネットに跳ね上げられ、フロントガラスで頭部等を打撲したものと推察されるところ、本件事故の態様が、原告が自転車を右側にして歩いている際に右から被告車に衝突されたとすれば、原告は、自転車とともに左側に跳ね飛ばされる可能性が高く、ボンネット上に跳ね上げられる可能性は低いと考えられる。
   他方で、原告が自転車に乗って走行している際に被告車に衝突されたとすれば、ボンネット上に跳ね上げられてフロントガラスで頭部等を打撲する状況は容易に起こり得るといえる。
   さらに、本件事故後の原告自転車の写真をみると、頑強に固定されている状態であるという原告自転車のサドルが左(反時計回り)に約90度に回転している様子がみてとれる。この状態がどのようにして生じたかを明らかにする客観的証拠はないが、本件事故の際、被告車の前部のナンバープレート部分と原告自転車の後輪の車軸の突起部分が衝突した痕跡があることからみて、原告自転車の後ろ約半分と被告車の前部が衝突したものと認められるところ、原告が自転車に乗って走行している状態で、自転車の後ろ約半分に右側から被告車が衝突した場合、原告がサドルを両方の大腿で挟んで座っているために、自転車の後部が左側にはじかれると、原告の座るサドルが左に回転することが起こり得るといえるから、上記サドルの状況は原告が自転車に乗って走行していたことを推認させる1つの事情といえる。
  c)以上の諸点を踏まえれば、原告は自転車に乗って本件現場を走行中に本件事故に遭った可能性が高いといえるから、本件事故態様は前記アのとおりと認められ、原告の前記a)の主張・供述等はこの認定を左右しないというべきである。

(2)争点2(過失割合)について
   前記(1)の認定を踏まえると、原告と過失の割合は、次のとおりと判断される。
 ア 原告は、幹線道路である本件道路を横断するに当たり、車両の動静に十分注意して横断する義務があるのにこれを怠り、東側から進行してくる車両の動向を十分確認しないまま横断を開始した点で過失がある。
 イ 被告は、別紙見取図の【A】地点に駐車車両があったとはいえ、②地点からは【ア】地点付近を確認することができる状況にあったといえるところ、前方を横断する歩行者や自転車の有無についての注視を怠ったために、本件道路を横断する原告自転車の発見が遅れ、急ブレーキをかけたが間に合わずに本件事故を発生させた点で過失があったといえる。
 ウ 以上のとおり、本件事故は、原告と被告の双方の過失が競合して発生したといえるが、普通乗用自動車と自転車との間の事故であるから、前者の注意義務がより重く、被告の過失が大きいといえる。
   もっとも、本件現場が自動車の通行量の多い幹線道路上であったことや、夜間でかつ雨天であったために、道路を横断する自転車等の発見が難しい状況であったことは、被告に有利に斟酌すべき事情といえる。他方、原告が当時77歳の高齢者であったこと自転車に乗っていたというものの、本件現場付近は北に向かった上り勾配になっているため、一般的な自転車に比べて低速度であったとうかがわれることは、原告に有利に斟酌すべき事情といえる。
   以上の諸事情を総合考慮すれば、原告と被告の過失割合は30対70とするのが相当である。

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