即戦力として中途採用された原告が、軽微でない多数の業務上のミスをし、多数回の指導等でも改善されなかったため、試用期間中の留保解約権の行使としてなされた解雇を有効と判示した事例(控訴審係属中)
【事案の概要】
(1)原告は、昭和60年に出生した男性である。
被告は、ザ・ゴールドマン・サックス・グループ・インクの関連会社からの委託を受けて、不動産の賃貸借その他の事業を営むことを目的とする特例有限会社である。
(2)被告は、平成27年1月ころ、ゴールドマン・サックス証券株式会社オペレーションズ部門(出向)(以下「本件オペレーションズ部門」という。)のレギュラトリー・オペレーションズ部の人材を募集していた。その募集要項には、当該人材に係る責任として、日時、週次又は月次での当局宛て報告書の作成又はその正確性の確認等がその内容として記載されていたほか、当該人材に係る基本的資質として、大学卒以上、金融業務における5年以上の実務経験、複雑な金融商品・機能に関するデータ分析、情報技術、業務運営プロセス及びコンプライアンス等の業務経験が求められるものとされていた。
原告は、本件オペレーションズ部門への中途採用を希望して応募した。その結果、原告と被告は、平成27年5月22日に、同年7月10日付けで被告に入社する旨の期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した。
(3)被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)の第7条及び第13条には、次の内容の定めがある。
ア 第7条1
入社後3か月間を試用期間とする。試用期間の満了以前に、当該試用期間対象者の上長は、当該試用期間対象者の勤務成績を評価し、社員として勤務させるか、又は解雇すべきかを会社に通告するものとする。
イ 第7条2
上記アの試用期間対象者を社員として勤務させることが不適当であると決定した場合には、会社は、30日前に予告をするか、又は当該予告期間に代えて30日分の平均賃金を支払うことにより、当該試用期間対象者を解雇するものとする。
ウ 第13条3 略
(4)原告は、本件オペレーションズ部門内のレギュラトリー・オペレーションズ部のポジションチームに配属された。このチームは、関係する監督官庁又は取引所の法令等に定められた定期的な報告書の作成・提出等を主に担当する部署であり、具体的には、大量保有報告書や空売りの残高報告等の報告書類の作成、その作成の要否を判断するための基礎となるデータの収集、突合、分析及び検討並びに関係部署への報告を担当していた。当時の当該チームは、Cリーダー以下のD代理やA氏ら数名の従業員で構成されており、A氏が原告の指導担当者とされていた。
(5)B VPは、原告の業務の遂行の状況や業務上のミスの発生の状況等を記録して、組織的に共有する必要があると考え、CリーダーやD代理に対してその旨の指示をし、平成27年8月19日から、原告の業務遂行の状況等が記録されることとなった。
D代理は、同日、原告に対し電子メールにより、アップデート事項を毎日B VP及びCリーダーらと共有するよう指示するとともに、ミスを減らすための措置を考え、報告をするように指示した。これを受けて、原告は、同日、ミスを減らすための措置として、2項目について、ミスの原因及び今後の作業を記載した電子メールをB VPらに送信した。しかし、原告は、その後も業務上のミスを繰り返した。
(6)B VP及びE VPは、同年9月4日(金曜日)の夕刻頃、原告との面談を実施し、原告に対し、業務上の問題点を指摘するとともに、その改善がない場合には本件労働契約の終了の可能性があることを説明した。
原告は、同月7日(月曜日)、合計5項目のミスをし、Cリーダーは、B VP及びE VPに当該ミスを報告した。
B VPは、同日、当該報告の内容を基にして原告との面談を実施し、個々の業務の重要性やミスの原因等について事情聴取したり、自らの考えを伝えたりした。B VPは、その後、上司であるK氏に対し、現行の仕事振りについて、「自分の担当作業について、繰り返しミスをしたり、やるべきことを忘れたりしている」旨の報告をした。
(7)原告は、同月8、9、及び10日にも、業務上のミスを繰り返しため、B VPは、各日において、Cリーダーからの報告の内容を基にして原告との面談を実施するとともに、K氏に対し、報告をした(なお、B VPは、同月8日、K氏らに対し「いくらか改善はみられる」などと報告を補足する内容を、英文で記載した電子メールを送信した。)。
(8)原告は、同月11日(金曜日)、1項目のミスをし、Cリーダーは、B VP及びE VPに当該ミスを報告した。B VPは、同日、当該報告の内容を基にして原告との面談を実施し、ミスの原因等について事情聴取するなどした上で、更に話し合うための会議を次の月曜日に設定すること、準備ができ次第今後のステップについて連絡することを伝えた。B VPは、同日、K氏らに対し、Cリーダーによる報告及び当該面談の状況を伝えた。
被告は、同月14日(月曜日)、原告に対し、退職合意書を示して、退職に関するパッケージを支払うことの提案をした。当該提案は、原告の出勤最終日を同日とし、平成27年10月10日までに本件労働契約を合意によって終了させること、30日間の解雇予告手当に足りない4日間分の基本給与額を支払うこと、転職活動支援サービスを提供すること、契約終了日まで福利厚生を受けることができること、この提案が同年9月24日午後6時まで有効であること等を内容とするものである。
その後、原告は、被告に対し、この提案に同意しない旨を表明したため、被告は、原告に対し、同年9月25日付けの書面により、本件就業規則第7条1及び同条2の定めに基づいて本件労働契約における試用期間が満了する同年10月10日付けで原告を解雇する旨の通知をした(以下「本件主位的解雇」という。)。
(9)原告は、平成28年12月22日に本件訴えを提起した。
被告は、原告に対し、平成29年8月23日付けの書面により、予備的に本件就業規則第13条3の定めに基づいて原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件予備的解雇」という。)。
【争点】
(1)本件主位的解雇の効力
(2)本件予備的解雇の効力
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)本件主位的解雇の効力
ア 本件主位的解雇は、本件労働契約において定められた試用期間中に、本件就業規則第7条1及び同条2の定めによって留保された解約権に基づき、されたものであると認めることができる。
このような留保された解約権の行使は、その留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合にのみ許されるものとおうべきであり(最高裁昭和48年12月12日判決参照)、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、権利を濫用したものとして、無効になると解される(労働契約法16条)。
イ これを本件に即して具体的に見ると、原告は、いわゆる大学新卒者の新規採用等とは異なり、その職務経験歴等を生かした業務の遂行が期待され、被告の求める人材の要件を満たす経験者として、いわば即戦力として採用されたものと認めるのが相当であり、かつ、原告もその採用の趣旨を理解していたものというべきである。
そして、本件就業規則第7条1及び同条2の定めによって留保された上記アの解約権は、試用期間中の執務状況等についての観察等に基づく採否の最終的決定権を留保する趣旨のものと解されるから、その解約権の行使の効力を考えるに当たっては、上記のような原告に係る採用の趣旨を前提とした上で、当該観察等によって被告が知悉した事実に照らして原告を引き続き雇用しておくことが適当でないと判断することがこの最終決定権の留保の趣旨に徴して客観的に合理的理由を欠くものかどうか、社会通念上相当であると認められないものかどうかを検討すべきことになる。
ウ そこで、上記ア及びイにおいて説示したところに従って、本件主位的解雇たる留保された解約権の行使が客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合に当たるかどうかについて、検討する。
a)B VPがCリーダーやD代理に対して平成27年8月19日から原告の業務遂行の状況やミスの発生の状況等を記録して組織的に共有するように指示をしているところ、毎営業日についてその記録が取られており、少なくとも同日以後は、毎営業日について原告が少なくない数の業務遂行上のミスをしているものである。
また、同日より前の時期についても、詳細かつ具体的な記録が取られていたわけではないものの、B VPは、その陳述書及び証人尋問において、原告の業務遂行の状況等の記録を取り始めるように指示をした契機について、原告の仕事上のミスが多く、このままでは業務に支障が生ずる旨の報告をA氏から受けたことにある旨を陳述しているところ、この陳述の内容は、客観的な経緯に整合するものとして採用することができるから、同日より前の時期についても、上記に認定した同日以降の状況と同様に、原告が業務遂行上のミスを少なからずしていたものと推認するのが相当である。
b)上記a)において認定し、説示した原告の業務遂行の状況に関し被告は、原告が金融機関の職員としてあってはならない致命的なミスを繰り返したものであり、被告の従業員としての適格性を欠くものであって、原告が何度も注意や指導等を受けても当該ミスの重大性を認識することができず、問題性の改善の見込みがなかった旨を主張しており、B VPは、その陳述書及び証人尋問において、当該主張に沿う内容の陳述をしている。
確かに、関係法令等に基づいて作成し、関東官庁ないし取引所への提出を要する報告書の内容に誤りがないようにすることの重要性は、事柄の性質上明らかというべきであるし、上記のB VPの陳述は、原告の業務遂行の状況等の記録や報告を求めたり、時間や労力をかけて原告との面談を連日にわたって実施したという客観的な経緯にもよく整合するものである。
したがって、上記のB VPの陳述とおり、原告がした多数のミスは、決して軽微なものと評価すべきものということはできないし、B VPらが多数回にわたって原告に対して指導等を行ったものの、有意の改善が見られなかったものと認めるのが相当である。
エ 上記イにおいて認定した原告に係る採用の趣旨を前提とし、以上に説示したところに加え、原告の業務上のミスが、そもそも指導等によって改善を期待するというよりも、自らの注意不足や慎重な態度を欠くことにも由来するものであると考えらえることなどの諸事情を総合的に考慮すると、原告に対する指導の中では「いくらか改善がみられる」旨が言及されたこと等の事情があったとしても、原告を引き続き雇用しておくことが適当でないとの被告の判断が客観的に合理的理由を欠くものであるとか、社会通念上相当なものであると認められないものであるとは、解し難い。
したがって、本件主位的解雇は、権利の濫用に当たるということはできず、有効なものというべきである。
(2)結論
争点(2)(本件予備的解雇の効力)に対する判断を経るまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。