エボニック・ジャパン事件(控訴後和解)
【事案の概要】
(1)被告は、エボニック・インターナショナル・ホールディングスを親会社とする日本法人である。A(以下「A GM」という。)は、平成24年以降、被告のリージョナル人事部マネージャーを務めている。
原告(昭和30年3月〇日生)は、平成20年3月17日、被告との間で期間の定めのない雇用契約(以下「本件無期雇用契約」という。)を締結した。
(2)原告は、平成27年3月13日付けで60歳の定年により退職し、同月19日、被告との間で、同年4月1日から平成28年3月31日までの1年間を雇用期間とする有期雇用契約(以下「本件再雇用契約」という。)を締結した。
本件無期雇用契約の下での定年直前の原告の基本給は月額83万3000円であったが、本件再雇用契約の下での基本給は平成27年4月から平成28年3月まで1年間を通じて月額50万円であった。
(3)ところで、被告の就業規則16条〔定年〕は、1項において、定年は60歳とし定年に達した月の末日をもって退職すると定めている。そして、同条2項において、1項の規定にかかわらず、以下の各年齢(注:平成25年4月1日から平成28年3月31日まで:61歳などと記載されている。)までは、14条退職・17条解雇の事由に該当しない者であって、本人が希望する場合については、定年後再雇用するものとし、同年齢以降は、下記「定年退職後の再雇用制度対象者の基準に関する労使協定」(以下「本件労使協定」という。)1条の基準を準用すると定めている。
本件労使協定は、平成18年4月25日、平成24年法律第78号(以下「平成24年改正法」という。)による改正前の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下、改正の前後を問わず、この法律を「高年法」という。)9条2項の規定に基づき、就業規則16条に定める定年退職後の再雇用制度の対象となる者の基準(以下「本件再雇用基準」という。)に関して、被告と従業員の過半数を代表する者の間で締結されたものである。
本件労使協定1条は、被告は、下記アのいずれにも該当する者について、下記イに定める労働条件にて再雇用するものと定める。
ア〔本件再雇用基準〕
(ア)略
(イ)定年退職後も勤務に精勤する意欲があること
(ウ)過去3年間の人事考課結果が普通の水準以上であること(以下「本件人事考課基準」という。)
以下略
イ 定年退職後の再雇用制度対象者の労働条件
(ア)略
(イ)契約期間:期間1年とし、次年度以降は、健康状態及び精勤意欲、日常の勤務評価により契約の更新を行う
(ウ)略
(エ)賃金:年収280万円を下回らないものとする
以下略
(4)原告は、平成28年4月1日以降も再雇用の継続を希望していていた。しかし、被告は、同年2月24日、原告に対し、本件再雇用基準を充足しないことを理由として、本件再雇用契約が同年3月31日をもって終了し、同年4月1日以降はこれを更新しないこと(以下「本件雇止め」という。)を、書面をもって通知した。
【争点】
(1)原告の地位確認請求及び未払基本給請求について
ア 原告が本件人事考課基準を充足していたか否か
イ 労働契約法19条の適用場面と異なる旨の被告の主張の当否
ウ 本件再雇用契約の労働条件が維持されることに対する期待に合理性はないとの被告の主張の当否
(2)原告の未払賞与請求について(争点4)
以下、争点(1)から(3)までについての裁判所の判断の概要を示す。
なお、上記各争点についての被告の主張の要旨は、以下のとおりである。
ア (争点2)について
平成28年4月1日以降の原告の再雇用について、労働契約法19条の適用場面とは異なる。
イ (争点1)について
仮に労働契約法19条の適用の余地があるとしても、原告が本件人事考課基準を充足していない。すなわち、本件人事考課基準(過去3年間の人事考課結果が普通の水準以上であること)は、過去3年間のいずれにおいても、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均点以上であるか、少なくとも3点以上であることを意味すると解するのが合理的であるところ、原告は、平成26年及び27年について、全従業員の平均点未満かつ3点未満であったから、本件人事考課基準を満たさない。
よって、本件再雇用契約の更新がみなされることはない。
ウ (争点3)について
仮に同日以降、原告の再雇用契約が存続するとしても、本件再雇用契約の労働条件が維持されることに対する期待に合理性はないことから、その年収は280万円にとどまる。
【裁判所の判断】
(1)原告が本件人事考課基準を充足していたか否か(争点1)
ア 本件再雇用契約の終期である平成28年3月31日の時点において、原告は61歳に達しているから、原告が同年4月1日以降も再雇用されるためには。本件労使協定2条(注:略)による場合を除き、就業規則16条に基づき、本件労使協定1条所定の本件再雇用基準を充足している必要がある(【事案の概要】(3))。そして、弁論の全趣旨によれば、原告について、本件人事考課基準以外の本件再雇用基準に含まれる要素については、特段の問題なく充足していたことが認められる。それゆえ、本件人事考課基準を充足していたことが認められれば、原告は、本件再雇用基準を充足していたことになる。
イ ところで、本件人事考課基準の意味について、被告は、前記被告の主張の要旨イのとおり述べる。
しかしながら、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均点以上であるか、少なくとも3点以上であるということは、特に良いとも悪いともいえないような大半の従業員が達成し得る平凡な成績を広く含む趣旨で使用される「普通の水準」という用語の一般的な意味から外れるものである。まして、3年連続で全従業員の平均点以上の成績を収めることのできる従業員は、全従業員の半数を大きく下回る人数にとどまる(証人A)のであり、「普通の水準」という用語の一般的な意味からは大きく逸脱する。
そもそも、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均点以上であることを要求する基準を設定する場合には、平均(アベレージ)という用語を使用するのが通常であると考えられるところ、本件人事考課基準において、かかる用語は使用されていない(証人A)。
また、本件労使協定の交渉段階において検討された「グッドパフォーマンス」という基準ですら、達成度評価の評価値(点数)が4点以上であるなどの高い水準を意味していたとは考えがたい(証人A)ところ、これよりも低い「普通の水準(オーディナリーパフォーマンス)」が基準とされたものである。
さらに、本件労使協定が締結された当時、被告の社内において、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均値ないし3点以上でなければ、本件人事考課基準を充足したことにはならない旨の説明がなされたことを窺わせる形跡もない。
そして、本件労使協定の締結された平成18年4月25日ころから平成28年3月31日ころまでの間、被告において定年を迎えた社員は12名程度はいたにもかかわらず、原告より前に定年を迎えた社員について、本件人事考課基準に照らして再雇用の当否を判断した事例が存在しなかったのであり、本件人事考課基準が再雇用の対象者を厳しく限定する基準として機能してきた実績も存在しない。
そして、A GMが着任した当時、本件人事考課基準を妥結するに至った経緯等について、詳しく記載された資料も残されておらず、本件人事考課基準の意味に関する、前記被告の主張の要旨イに沿うA GM及びその部下の陳述等(証拠略、証人A)は、本件再雇用契約を更新しない旨の、H氏(注:平成27年3月ころ以降、原告の上司かつ人事評価における一次評価者であった、エボック・チャイナの関係者である。H氏は、平成28年2月5日の少し前ころ、同年4月以降は原告を再雇用すべきでないという意見を示し、これがA GMに伝えられた。)の判断を受けて検討された内容に過ぎないのであって、にわかに採用しがたい。
ウ 以上検討したところに加え、本件労使協定に基づく再雇用制度は、高年法上の高齢者雇用確保措置の1つである継続雇用制度として設けられたものであることを踏まえると、本件人事考課基準のいう「普通の水準」は、大半の従業員が達成し得る平凡な成績を広く含む趣旨と解すべきであるし、「過去3年間の人事考課結果が普通の水準以上であること」というのは、過去3年間を通じて評価した場合に「普通の水準」以上であれば足りるという趣旨と理解するのが合理的である。
エ このような観点から原告の達成度評価の評価値を検討すると、原告の人事考課の結果(詳細略)は、平成25年から平成27年までの3年間を通じてみた場合、大半の従業員が達成し得る平凡な成績と同程度以上であるといえるから、本件人事考課基準を充足すると認められる。
(2)労働契約法19条の適用場面と異なる旨の被告の主張の当否(争点2)
被告の正社員として勤務した後に平成27年3月31日に定年退職し、本件再雇用契約を締結した原告については、同契約が65歳まで継続すると期待することについて、終業規則16条2項及び本件労使協定の趣旨に基づく合理的な理由があるものと認められ、A GMも、本件労使協定1条について、本件再雇用基準に該当する限りにおいては必ず再雇用するという趣旨の規定であると述べている(証人A)。
そして、本件再雇用契約の終期である平成28年3月31日の時点において、原告は、本件人事考課基準を含む本件再雇用基準に含まれる全ての要素を充足していた。
よって、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないものといえ、労働契約法19条2号により、同一の労働条件で本件再雇用契約が更新されたものと認められる。
(3)本件再雇用契約の労働条件が維持されることに対する期待に合理性はないとの被告の主張の当否(争点3)
原告が、本件再雇用基準を充足し、特別支給年金受給開始年齢後である平成28年4月1日以降も再雇用が継続される場合において、本件再雇用契約における労働条件が維持されると期待することに合理性はあると認められる。
よって、労働契約法19条2号により、同一の労働条件で本件再雇用契約が更新されたものと認められる。
(4)結論
原告の地位確認請求及び未払基本給請求については、本件判決確定の日の翌日以降に支払期日の到来する基本給の支払を求める部分を除いて認容した。
原告の未払賞与請求については、一部認容した(詳細略)。