パナソニックアドバンステクノロジー事件(控訴中)
【事案の概要】
(1)被告は、コンピュータ関連システム及びソフトウェアの研究・開発・製造・販売等を目的とする株式会社である。
原告は、昭和63年4月1 日、被告に入社し、被告においてソフトウェアの設計・開発等の業務に従事していた。
(2)原告は、被告に入社して以降、被告とユニオンショップ協定を結んでいるP労働組合に加入しているが、平成24年4月25日、企業外労働組合である電気・情報ユニオン(以下「本件組合」という。)に加入した。
(3)被告は、平成25年5月13日、原告に対し、同月20日から同月28日まで7日間の出勤停止を命じる懲戒処分(以下「本件出勤停止処分」という。)をした。
(4)被告は、平成25年11月27日、原告に対し、原告を同年12月6日付で普通解雇(以下「本件解雇」という。)とし、平均賃金の21日分に相当する解雇予告手当を支給する旨通知した。
(5)本件通知書に記載された原告の懲戒事由(以下、総称して「本件解雇事由」という。)は、概ね以下のとおりである。
ア 平成24年10月11日に、Dチームリーダー(以下「D TL」という。)の行為によって会社の食堂で「左側胸部打撲傷」(以下「本件傷害」という。)を負ったとの事実に反する内容で、平成25年5月27日に、門真警察署へD TLを加害者とする被害届を提出した(就業規則は省略。以下同じ。以下「解雇事由①」という。)。
イ 平成25年2月7日、Eグループマネージャー(以下「E GM」という。)及びFグループリーダー(以下「F GM」という。)宛てに、「2012年10月の業務でのG SPLから虚偽説明と情報隠蔽」という件名のメール(以下「本件メール」という。)を送り、原告自身が作成した「gstreamer調査. ppt」というファイルを添付して、Gサブプロジェクトリーダー(以下「G SPL」という。)から虚偽説明、情報隠蔽を受けていると訴えた(以下「解雇事由②」という。)。
ウ 平成25年9月25日及び同月26日、Hチームリーダー(以下「H TL」という。)及びI主任技師(以下「I SNG」という。)に、「出るところへ出る、既に出るところへ出たこともある。」、「外でHさんを訴える。」、「警察にも行っている。警察に入ってもらう。」等の発言を行った(以下「解雇事由③」という。)。
エ 上記ウの発言について、平成25年9月27日にJグループマネージャー(以下「J GM」という。)が事情聴取を行おうとしたが、それに応じなかった(以下「解雇事由④」という。)。
オ 平成25年9月27日、J GMに脅迫されたということを職場内で大声で発し、また、職場内で大きな声で警察に電話をかけ、会社内に警察を呼び、K社長(以下「K社長」という。)に対してJ GMから脅迫を受けた旨のメールを送信した以下「解雇事由⑤」という。)。
カ 平成25年10月2日、乙山次郎所長(以下「乙山所長」という。)が自宅待機命令の通知を行うために会議室に来るよう指示したが、会議室に入ることを拒否し、原告の席まで呼びに来た乙山社長に対して、自席で、「過去に監禁された」等の内容を大声で発した以下「解雇事由⑥」という。)。
キ ターゲットプランでの目標設定に従い、管理面のトレーニングのために週間計画を立てるように繰り返し指示したが、根拠のない理由を並べ立て、業務指示に従わなかった以下「解雇事由⑦」という。)。
ク 就業規則93条3号及び10号(注:上記アからカに関するもの)は、平成25年5月13日付けの本件出勤停止処分の対象となった事由であり、かつ、本件でも複数回挙げられていることから、就業規則94条1号(注:93条各号の行為が数度におよんだとき)にも該当する以下「解雇事由④」という。)。
(6)原告は、本件解雇が違法無効である旨主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて、本訴を提起した。
【争点】
(1)本件解雇の有効性について
ア 本件解雇事由が本件解雇の客観的合理的理由に当たるか否か(争点1)
イ 本件解雇が社会通念上相当であるか否か(争点2)
(2)原告主張に係る本件解雇のその他の無効事由(信義則違反、不当労働行為)の有無(争点3)
(3)本件解雇に係る不法行為の成否及び損害額(争点4)
以下、争点(1)についての、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
以下、主に解雇事由②についての、裁判所の判断の概要を示す。
(1)本件解雇事由に関する、裁判所の認定事実は、以下のとおりである。
ア 原告は、平成25年2月7日、E GM及びF GMに対し、本件メールを送信した。
本件メールには、冒頭に、「2012年10月の担当業務すで(ママ)で、G SPLから虚偽説明、情報隠蔽を受けております。」「②情報隠蔽:プロジェクトにG SPL作成のgstreamer資料がある。①虚偽説明:プロジェクトにgstreamer資料はない」等と記載されていた。
そして、それぞれの具体的内容として、「①虚偽説明」については、G SPLから、平成24年10月5日に、「gstreamerについては未着手で誰も手をつけていないので、甲野太郎さん(注:原告)に調査を依頼しているので、gstreamerの資料が無くても当然です。」と説明を受けたが、実際には「gstreamer調査」と題する資料が存在する、「②情報隠蔽」については、G SPLの上記説明に反し、「gstreamer調査」は同年10月5日時点で存在する等記載され、最後に「主観ではなく、事実に基づいた客観的な調査をお願いいたします。」と記載されていた。
そして、本件メールには、「gstreamer調査」と題する資料(以下「本件添付ファイル」という。)の電子データが添付されていた。
イ しかし、本件ファイルは、原告自身が、平成24年10月5日に作成したものである。
そして、同資料は、同年5月22日付けで作成された「Android OpenMax IL AVD_ss_OMX.so Pro 4TV移植検討」と題する資料(以下「別件資料」という。)と4行目以降の内容が全く同一であり、別件資料を一部修正して作成されたものであった。
G SPLは、同年10月3日、原告に対し、別件資料の電子データが存在するフォルダの場所を教えた上でアクセス権限を設定し、原告は、同月4日に同データをコピーした上で、同月5日に本件添付ファイルを作成していた。
また、別件資料は、open MAXをAndroid on Pro 4TVに移植させるための仕様書であり、別件資料にはgstreamerについての記載は存在しない。
ウ G SPLは、平成24年10月9日、原告に対し、Android用gstreamerをビルドするためのファイルがGitと呼ばれる方式で公開されているリンク先のURL及び具体的作業手順当の指示を記載したメールを送信した。
原告は、同日、G SPLに対し、指示された作業を進めたがエラーが発生した旨のメールを送信した。これに対し、G SPLは、原告に対し、上記エラーへの対応の助言とともに、エラーログを見て原因を調査することも原告の事業内容である旨等を記載したメールを返信した。
エ 原告は、平成24年10月10日、G SPLに対し、①前日に指示されたことをやったがうまくいかなかった、②Android用gstreamerはこの世に存在しない等と述べて、G SPLを非難した。
これに対し、G SPLはが、①指示に従って調査をすれば、わかるはずである。②Android用gstreamerがこの世に存在しないとまで言うが、どこまで調査したのか、中身をしっかり見ていないのではないか等と反論し、口論となった。
なお、G SPLは、その後、Android用gstreamerをビルドするために必要なファイル(Android.mkを含むgstreamer)が上記ウ記載のURLから入手できることを確認した(当該確認及び調査は、本来、原告が行うべき業務であった。)。
(2)以下、解雇事由②が本件解雇の客観的合理的理由に当たるか否かについて検討する。
ア 本件メールは、上記(1)アの内容に照らすと、G SPLが、原告の業務に関し、「情報隠蔽」及び「虚偽説明」をしたというものであるから、G SPLに対する誹謗・中傷やそれに類する言動であって、G SPLの被告社内における社会的評価を低下させるものであり、かつ、G SPLや被告に、事実の調査その他の業務上の負担を生じさせ、その業務を阻害するものであることが認められる。
イ そして、本件メールに添付された本件添付ファイルは、原告自身が作成したものであり、G SPLによる情報隠蔽や虚偽説明を何ら基礎付けるものではない。
この点、原告は、本件メールに別件資料を添付しようとしたところを、誤って本件添付ファイルを添付したにすぎないと弁解する。しかし、別件資料については、G SPLが原告にその所在場所を教えたものであること(同イ)から、いずれにせよG SPLが情報隠蔽等をした根拠にはならず、原告の上記弁解は不合理というほかない。
また、原告は、gstreamerをAndroid上にビルドするのは不可能な作業であり、G SPLは、gstreamerをAndroid on Pro TVに移植するよう明確に指示すべきで、その意味でもG SPLの指示が不適切であったとも主張する。
しかし、①原告が調査業務を行っていた平成24年10月時点で、Android用gstreamerが公開されていたこと(同エ)に照らすと、原告の業務は技術的に可能なものであったと認められる。しかも、②G SPLやE GMらは、その旨を原告に対して繰り返し明確に説明していたことが認められる(同ウ、エ等)。したがって、G SPLの指示に不適切な点があったとはいえず、原告の上記主張は採用できない。
このように、G SPLが、原告に対し、情報隠蔽や虚偽説明をしたとか、不適切な指示をしたと認めることはできないことからすると、本件メールの内容は、客観的事実に反するというべきであり、上記アで認定した内容等を踏まえると、原告が本件メールを送信したことは不適切な内容であって非難を免れないというべきである。
ウ 他方、原告は、平成24年10月当時から、G SPLらの説明にもかかわらず、E GMやG SPLらに対し、gstreamer をAndroid上にビルドすることは不可能であるとか、原告が行うには高難度、高負荷である等と繰り返し述べていた(上記エ等)ことが認められる。これらの点に照らすと、少なくとも原告の主観において、gstreamer調査についてG SPLから十分な情報を与えられていないと認識しており、E GMも原告のそのような認識を了知していたことが認められる。
そうすると、原告が上記のような被告の認識と異なる認識を有していたことは、被告において既に把握されており、本件メールの内容についても、被告が把握している客観的事実と異なることは、被告において容易に想定し得る状況であったからすれば、本件メールによって被告やG SPLが受けた影響は限定的なものにとどまるといわざるを得ない。
したがって、解雇事由②は、本件解雇の客観的合理的理由といえるほどの非違行為に当たるとはいえない。
(3)総合評価(本件解雇事由のうち、解雇事由②以外のものを含む。)及び小括
以上のとおり、本件解雇事由は、原告の非違行為と認められるものであっても、それぞれ個別にみる限りにおいて、本件解雇の客観的合理的理由ということはできない。
したがって、本件解雇について、客観的合理的理由があるとは認められず、本件解雇は、その余の点(争点2、3)について判断するまでもなく、無効といわざるを得ない。
(4)結論
原告の本件請求は、被告に対し、①労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、②平成25年12月以降、毎月25日限り、33万9000円(平成25年12月分については、日割計算した27万3387円)の賃金請求権及び遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。