【交通事故】最高裁平成30年9月27日判決(判例タイムズ1458号100頁)

自賠法16条1項に基づく直接請求権を行使する被害者は、被害者が労災保険給付を受けてもなお填補されない損害について、労災保険法12条4項1項により移転した直接請求権を行使する国に優先すると判示した事例(一部破棄差戻)


【事案の概要】

(1)次の交通事故が発生した。
 ア 発生日時 平成25年9月8日午後11時29分頃
 イ 発生場所 静岡県駿東郡小山町中島国道246号上り線91.6キロポスト付近
 ウ 加害車両 A運転の軽自動車
 エ 被害車両 上告人兼被上告人(以下「第1審原告」という。)運転の中型貨物自動車
 オ 事故態様 加害車両が、中央線を超え、反対車線を走行していた被害車両に正面衝突した(以下「本件事故」という。)

(2)第1審原告は、本件事故後、B病院に救急搬送され、その後、平成25年9月9日から平成26年10月31日まで、C病院に、左肩腱板断裂、右膝打撲、骨盤打撲、頸椎捻挫の傷病名で通院した。
   Aは、加害車両について、被上告人兼上告人(以下「第1審被告」とう。)との間で自賠責保険契約を締結していた。なお、Aは、本件事故により死亡し、その相続人らは相続を放棄した。また、加害車両について、任意の自動車責任保険契約を締結していなかった。

(3)第1審原告は、被害車両の所有者であるDのトラック乗務員であり、本件事故当時、Dの業務として、被害車両を運転して、荷物を運搬していた。
   労働者災害補償保険(労災保険)において、本件事故は第三者行為による業務災害であると認められ、原告に対し、療養(補償)給付、休業(補償)給付合計410万7225円及び障害(補償)一時金498万1490円が給付された。
   このことから、本件事故に係る第1審原告の第1審被告に対する自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払請求権(以下「直接請求権」という。)が、労災保険法12条の4第1項により、上記の労災保険給付の限度で国に移転した。
   第1審原告が上記の労災保険給付を受けてもなお填補されない本件事故に係る損害額は、傷害につき303万5467円、後遺障害につき290万円である(注:控訴審の認定)。
   なお、労災保険で認定された原告の障害の程度は、左肩の可動域制限が障害等級10級の9、頸部の疼痛が障害等級14級の9であり、併合10級である(右肩の可動域制限は、災害によるものとは認められなかった。)。

(4)第1審原告は、平成27年2月、本件事故に係る自賠責保険の保険金額(以下「自賠責保険金額」という。)は傷害につき120万円、後遺障害につき461万円(注:後遺障害等級10級相当)であるなどと主張して、本件訴訟を提起した。
   原審は、第1審原告の請求につき、本件事故に係る自賠責保険金額は、傷害につき120万円、後遺障害につき224万円(注:後遺障害等級12級相当)の合計である344万円およびこれに対する原判決確定の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
   これに対し、第1審原告及び第1審被告の双方が、上告受理申立てをしたところ、最高裁は、いずれの申立ても上告審として受理した(ただし、第1審原告の申立ての理由中、後遺障害の有無及び程度に関する部分は、排除した。)。


【争点】

(1)自動車の運行によって生命又は身体を害された者(以下「被害者」という。)の自賠法16条1項に基づく直接請求権と、政府が被害者に対し労災保険給付を行ったことから、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が競合する場合の相互の関係
(2)自賠法16条1項に基づく損害賠償額支払債務が、履行遅滞となる時期
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)被害者の自賠法16条1項に基づく直接請求権と、政府が被害者に対し労災保険給付を行ったことから、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が競合する場合の相互の関係
 ア 第1審被告は、被害者の直接請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が、自賠責保険金額を超える場合には、被害者は、その直接請求権の額が、上記合計額に対して占める割合に応じて案分された、自賠責保険金額の限度で、損害賠償額の支払を受けることができるにとどまる旨をいう。
 イ しかし、被害者が、労災保険給付を受けてもなお填補されない損害(以下「未填補損害」という。)について、直接請求権を行使する場合は、他方で、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が、自賠責保険金額を超える場合であっても、被害者は、国に優先して、自賠責保険の保険会社から、自賠責保険金額の限度で、自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができる。その理由は、次のとおりである。
  a)自賠法16条1項は、同法の3条の規定による保有者の損害賠償責任が発生したときに、被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では、確実に損害の填補を受けられることにして、その保護を図るものである(同法1条参照)。
   それゆえ、被害者において、その未填補損害の額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず、自賠責保険全額について支払いを受けられないという結果が生ずることは、同法16条の趣旨に反する。
  b)労災保険法12条の4第1項は、第三者の行為によって生じた損害について生じた事故について労災保険給付が行われた場合には、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権は国に移転するものとしている。
   同項が設けられたのは、労災保険給付によって受給権者の損害の一部が填補される結果となった場合に、受給権者において填補された損害の額を重ねて第三者に請求することを許すべきではないし、他方、損害賠償責任を負う第三者も、填補された損害について賠償を免れる理由はないことによるものと解される。
   労働者の負傷等に対して迅速かつ公正な保護をするために必要な保険給付を行うなどの同法の目的に照らせば、政府が行った労災保険給付の価額を、国に移転した損害賠償請求権によって賄うことが、同項の主たる目的であるとは解されない。
   したがって、同項により国に移転した直接請求権が行使されることによって、被害者の未填補損害についての直接請求権の行使が妨げられる結果が生ずることは、同項の趣旨にも沿わない。
 ウ 以上によれば、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。

(2)自賠法16条1項に基づく損害賠償額支払債務が、履行遅滞となる時期
 ア 原審は、次のとおり判断して、原判決確定の日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却すべきものとした。
  a)被害者が直接請求権を訴訟上行使した場合には、裁判所は、自賠法16条の3第1項に規定する支払基準によることなく、損害賠償額を算定して支払を命じる判決をすることとなるため、保険会社は、上記判決が確定するまで損害賠償額を確認することができない。
  b)そうすると、この場合における同法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは、保険会社が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情のない限り、上記判決が確定するまでの期間をいうものと解すべきである。
  c)したがって、上記特段の事情が認められない本件においては、第1審被告の損害賠償額支払債務は、原判決の確定時まで遅滞に陥らない。
 イ しかし、原審の上記判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
  a)自賠法16条の9第1項は、同法16条1項に基づく損害賠償額支払債務について、損害賠償額の支払請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは、遅滞に陥らない旨を規定する。
   この規定は、自賠責保険においては、保険会社は損害賠償額の支払をすべき事由について必要な調査をしなければ、その支払をすることができないことに鑑み、民法412条3項の特則として、支払請求があった後、所要の調査に必要な期間が経過するまでは、その支払債務は遅滞に陥らないものとし、他方で、その調査によって確認すべき対象を最小限にとどめて、迅速な支払の要請にも配慮したものと解される。
  b)そうすると、自賠法16条の9第1項にいう、「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは、保険会社において、被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する期間をいうと解すべきである。
   そして、その期間については、事故又は損害賠償額に関して、保険会社が取得した資料の内容及びその取得時期、損害賠償額についての争いの有無及びその内容、被害者と保険会社との間の交渉の経過等の個々の事案における具体的事情を考慮して判断するのが相当である。
   このことは、被害者が直接請求権を訴訟上行使した場合であっても、異なるものではない。
  c)したがって、第1審原告が直接請求権を訴訟上行使した本件において、第1審被告が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情がないからといって、直ちに第1審被告の損害賠償額支払債務が、原判決の確定時まで遅滞に陥らないとすることはできない。
 ウ 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

(3)結論
 ア 争点(1)について
   第1審被告の上告は、これを棄却する。
 イ 争点(2)について  
   原判決中、344万円に対する、訴状送達の日の翌日である平成27年2月20日から本判決確定の日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却した部分は、破棄を免れず、この部分については、第1審被告の損害賠償支払債務が遅滞に陥る時期について、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻す。

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